魔性の焔 14
鬼の棲家に入ると、やはり相手は武器を構えていた。カイとヤト、他男三人が剣を持って応戦し、村の男達は倒れた鬼達を縛り上げた。所々で殴りあいに、村人が切りかかられれば、剣を持っている人間が割って入った。
血と酒の匂いが周囲に漂い、棲家の奥に行けば行くほど鬼達の抵抗が過激な物となっていった。喧騒の中、鬼の一人が身を引くように、奥へ逃げ込む。それに気付いたカイは後を追った。村人も、ヤト達の目も無くなると、カイは飛び出してくる小物たちを手加減無く切り払う。
奥の部屋まで突き当たり、逃げた男の姿は見当たらないが、床に穴が掘られていた。
カイは戸惑い無く、そこへ潜り逃げた男の背を追うと、草木が生い茂る地上へと出た。
カイの頭上を、大きい塊が通り過ぎる。音を聞くに重量のある物が通っていった。間を置かず、また重い音を唸らせて、カイの顔面近くに迫った。飛びのいて避ける。逃げていた男の手に、金棒ではないが、大きな槌が握られ、カイの頭上へと目掛けて振り下ろそうとしている。
持っていた大剣でそれを弾き、後ろへ身を引いた。男はそんなカイを攻め立て、距離を縮めていく。
手に伝わる男の力と槌の重さは、カイを久々に本気にさせた。
男の槌が頭から折れ、男の手には柄しか残らず、空振りをする。疲労を覚え始めた腕に力を込め、カイは男の顔面を思い切り殴った。動かなくなった男を見下ろし、カイは力を抜いた。
「俺も、温くなったな」
それは良かったのか、恥ずかしく思ったのかは分からなかったが、腹に溜まっていた鬱憤は綺麗さっぱりなくなっていた。
カイ達が村に戻る頃、周辺の村や森、海辺近くで、火の玉が多く揺らめいた。サエも森の方角が仄かに明るいと目を向けると、青紫色の光が幾つも漂っていた。女達は怯えて身を寄せていると、男達が明るい声を上げながら帰ってきた。
その声を聞いて外へ出ると、一つの炎のように光は集まり、一度大きく揺らめいて掻き消えた。
「キノギ様、無理をなさらず少し休みましょうよ」
「却下。……お前達も着いてくるな。兄上に報告に行け」
男達は頷いて直ぐに姿を消すが、キノギは気を緩めずに歩き出した。
「キノギ様……」
「……元はと言えばヤト、この付近の温泉が有名だと言ったのはお前だろう」
ヤトは目を少しだけ開く。
「……ええ。もう少し北ですが」
「むう。早くそっちへ行きたいんだ。休むな」
ふっとヤトの頬が緩む。
「なぁんだ。そうとは気付かず申し訳御座いません。ではしばらくは仕事も休みましょうか」
「仕事なぞ歩きながらできる」
カシャカシャと錫杖がなり、キノギがさっさと歩き始める。その後をヤトが追うように歩き始めた。
誰もが酔いつぶれて寝ている朝に、カイを見つけた馬は小さく鳴いた。カイはその鼻頭を撫でてやると、馬を繋いでいた紐を解いた。
馬を小屋から出すと、先にはサエが少しだけ驚いたように目を丸めて立っていた。
「も……もう行っちゃうの」
「十分だろ」
「あの、……」
言いかけて、サエは気まずそうに顔を伏す。
「何だ。用が無いなら行くぞ」
勢いよく顔を上げ、サエは慌ててカイの傍へ寄る。
「助けてくれて有難う」
サエの頭上では、呆れたように溜息が零れた。
「礼ならこの馬返してもらうからいらん」
馬に乗り上げようとしたカイの裾を、サエは慌てて摑まえる。
「待って、行かないで!お願い!」
「あんだよ!もうここには用ねぇし!」
サエを睨みつけると、直ぐにぼろぼろと涙を零し始め、カイは顔に手を当てた。
「い、いっちゃやだよう……」
「なんでそうなる!」
「やなものはやだもん!」
嗚咽を堪えるように、サエは唇を噛んで下を向いた。裾を掴んでいる指は白くなり始めている。そんなサエの顎を指で鷲掴み顔を上に上げさせた。
「じゃあ、また来るまでにいい女になってろ。死にたがりの女なぞ御免だ」
サエの身体を押しやって、馬にまたがり逃げるようにカイは村を出た。
街道沿いに馬を走らせていると、木陰に男女が静かに佇んでいた。カイが通り過ぎると二人は風に吹かれたようにゆらゆらと静かに消えていった。
ぐだぐだになってしまったので、半ば強制にシャットダウンで申し訳御座いません。少しでも楽しんでいただければ幸いです。有難う御座います。