魔性の焔 13
村の夜明けはしんと静まり返っていた。いつもなら、女が一人二人と外へ出てくる頃だが、今日は誰一人出てこない。そんな村に、荷物を売り終えた荷車が、音を立てて戻ってきた。その音に、若い男が家から顔を出した。すぐに駆け寄り、どのくらい売れたのかと親子に尋ねた。親子は悪くないと、苦笑いを零し荷車を自分の家の前に止めた。
村長が朝になっても戻らないのを訝しげ、一人の男が村人に聞いて回る。この男は村長に媚て取り入っているせいか、村人達はしかめ面で睨み、知らないと首を振った。男は慌てた様子で森の社に向かうと、若い修行僧二人が社の前に並んで立っていた。二人とも細身だが、一人は自分の背丈ほどある棒を担ぎ、一人は飾り気のないお面を被っていた。
男に気付くと二人は振り向いたが、口の回らない男を見て、一人が尋ねた。
「そのように慌てて如何いたしましたか?」
男は、昨日の夜から村長が戻らないというと、男は少し驚いた表情を見せる。
「おや、それは心配ですね」
そのあと口ごもるように、もしかしてと言葉を続けているのを聞き、男は何かと聞き返した。
「……実は昨夜、この付近を鬼がうろついていたのですよ。もしかしたら、村長は連れて行かれてしまわれたのでしょうか……」
不安そうな声に、男は激しく首を横に振る。
「そ、そ、そ、そんなことはありえません!!」
「ほう?なぜそう言いきれる」
もう一人の修行僧が口を開く。
「村長は、村一番強い方です!この付近の化物など」
「そう侮ってはいけません。先日も近くの村の娘が攫われ、助けようとした武人の腕が引き千切られたともっぱら噂です」
「で、で、ですが!我らの村長は、彼らに庇護を受けているのです!」
そこで男の声が詰まった。腕を掴みあげられ鋭い小太刀を喉元に当てられる。
「重要参考人ですな」
キノギとヤトが、社近くに戻ってきたのは贄送りの二日前。その時にはカイも社の前で暇を持て余していた。
その間にキノギの所には紙鳥が何度か飛んできて、役人である兄から情報を貰っていた。そのついでと、武人を数人を呼んでもらい、本格的に鬼退治を始められるように、キノギは手配した。
今は、その武人とカイとサエが戻るまでの待機だった。鬼の棲家がどこにあるかなど、余所者のキノギたちには見当もつかない。だから、贄となったサエを使って、カイともう一人で後を追った。
「キノギ様」
ヤトが何かに気付いたように呼びかけた。藤色をした紙鳥がキノギたちの目の前に現れた。
「村人たちを呼べ」
「……よろしいのですか」
武人が戸惑うように口を開く。
「いい。我らの言葉など気休めにもならんだろ」
武人が村人を呼びにその場を離れると、キノギはふっと肩の力を緩めた。
「ヤト。私はここを清めねばならない。……共に行けぬが」
その言葉に、ヤトは満面の笑みを浮かべる。
「共に行くと言っていたら、押し倒す所でしたよ」
一瞬でキノギの空気が冷たくなる。
「俺に何かありましたら、どうぞ都へ戻ってください」
「……許さんぞ」
その一言だけを発し、キノギは社の中へ入っていく。ヤトは少しだけほっとした顔でキノギの背を見つめた。
カイはキノギが呼び寄せた男と共に、鬼である影を追って森の中を進む。彼もカイも息を殺し、気配を押さえ、先を行く影を、随分長い間追いかけている。
影の大きさは思っていたよりも小さく、カイと同じくらいの背丈だった。巨漢を想像していたカイにしてれば、残念でしかない。森の奥へと進むかと思えば、逆に街道近くを沿うように、影は移動している。気付けば、小波の音が聞こえる所まで来ていた。
海辺に出るのかと思えばそうではなく、下流沿いに少し上っていくと、小船が河に止められていた。その付近に道があるのか、影は谷の間に入っていく。
そこで、カイは男の足を止めた。
「先に行く。戻らなかったら人を呼べ」
男は無言で頷いた。
カイは身を屈め小走りに抜ける。影が足音に気がつき振り返る。サエに当たらないように加減をして一度殴り、邪魔なサエを剥ぎ取って放り投げた。投げられたサエが小さく悲鳴を上げる。
虚を突かれた影の動きは鈍く、カイは直ぐに動けないように締め上げて失神させた。
「あーやっぱりなー」
大抵鬼だとか化物だとか言われても、大体は人間なのだ。
「戻るぞ」
腰を抜かしていたサエを先に押しやり、カイは気を失った男を担ぎ上げる。
「……え、でも」
「相手が人間ならこわかねぇだろ」
「でも、でも」
何故かサエはうろたえ出す。
「だって、じゃぁ、今まで、ずっと、私たちは、人に、怯えていたの?村長も?」
「……それは後で分かる。まずは戻る。お前、邪魔」
それにサエは口を結んだ。
その後は早いものだった。ヤトと、キノギが呼んだ男を先頭に、手に松明と農耕具を持って村の男達が集まった。
「ここまで煽って言うのもなんだが、今まで通りに生活をしたいなら、止めておけ」
男達は動揺を見せる。
「相手が人間だと分かれば、殺意も減っただろう。向こうはなんとも思わず、好きに人を殺すだろうが、お前らは違うだろう」
「けど、それでは、俺らの苦しみは……」
「相手を殺したいと思ってんなら止めやしない」
カイが男達を睨み上げると、数人が目を逸らした。
「殺したいわけじゃない、けど、許せない……」
カイは肩を上げた。
「なら、それで行こう。殴り込みだ!」
男達が顔をあげた。