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魔性の焔  作者: あけぷぅ
12/14

魔性の焔 12

 人里から離れれば離れるにつれて、森は薄暗くなっていく。人の手も足も入らないほどの奥地には、獣の気配すら少なかった。

 カイは社周辺を見て回るのを止め、少しだけ奥へと足を向けた。片腕に大剣を持ち手ならしに、何度か振り回す。木に当てるのも、草を払うのにも使ったが、もう少し時間を掛けて慣らしていかないと、剣に振り回されそうだ。数日前に狩った熊は、隙をついて首を落とせたが、その程度では、人間や鬼相手では通用しない。後三日四日は森の中で剣を振り回し、後は鬼の根城で振り回せばいい。

 カイは静かに目を閉じ、一度深く息を吐いた。






森の社の松明に、炎が灯る。最後の夜に娘は白無垢とも死装束ともいえる真っ白な着物を纏った。参列するのは男達だけで、列の真ん中には罪人のように手を縛られた男が凄惨な顔を浮かべていた。

 娘が社の中に入り、外から金属の鎖で作った鍵をかけられる。そして参列した男達は重い空気を漂わせ、村へと戻っていく。そこへ残ったのは、社に入った娘と、村長と、手を縛られた男だった。村長は男を社の前に引きずり出し、持っていた剣を男の首へ宛がった。

「さて、慈悲でここまで世話してやったが」

 男は身体全体を震わせ、それでも力一杯に歯を食いしばっていた。

「お前達の犯した罪は罰せねばならん」

松明が燃え揺らめく音と共に、娘のすすり泣く声が社から聞こえてくる。

「村のために贄になるのだ。誇らしいことだろう」

 娘がわっと、叫ぶように泣き始める。

「何が村のためよ!!村のためだと言うなら、アンタが行きなさいよ!!外道!!」

 娘の声に、村長は鼻で笑う。

「私がいなければ何も出来ないお前達に、村を任せられるか」

 歯を食いしばっていた男の身体の震えが止まる。

「ワシらがいなきゃ何もできん小僧が何を」

 村長の剣が男の手の甲を刺す。男は悲鳴を上げてすぐ痛みを堪えるように蹲った。

「とおさん!!」

「ひ、ひ。お前ほどの無能、何をしてきた?ワシらを脅し、美味いとこだけ食っていただけじゃねぇか」

 男の背を思い切り蹴り、頭を踏みつける。

「あげく、かなわねぇ、化物に、媚びて、なにが……」

「とおさん!とおさん!!」

 社の戸が、激しく叩かれる。村長は意に介さず、男の腹を蹴り上げた。

「だからなんだ?お前も大差ないだろう?媚びて頭を下げるしか能がないお前らに」

村長は男の腹を踏みつけた。

「やめてよ!!やめて!!」

「娘は生かしてやるんだ、有難かろう」

 苦悶する男へ、村長は剣先を向けた。見下し、人を人と見ない冷酷な目が、男を捕らえた。だが男はそんな村長の目を見て、嘲笑う。

「てめぇに、有難いなんて思ったこと一度もねぇよ」



 男の額に剣を突きつけようとした。けれど、手元に衝撃が走ったと思うと、身体は地面に倒れていた。後から鈍く強い痛みが全身を覆う。自分の身に何が起こったか分からず、村長は痛みを堪えるように身体を蹲らせた。

 頭上で誰かが鼻で笑う音がする。

「お前に売るより、村に恩を売った方が、やっぱいいねぇ」

 その声に耳を疑う。とっくに村から出ていった旅人が、喉を鳴らしながら見下ろしていた。

「俺が相手で運がいい。これでアイツだったら、四肢を落とされて放置されるぞ」

 誰のことを言っているのかは分からなかったが、旅人の目からは残虐な色が一瞬だけ浮かんだ。

 旅人は、男を縛っていた縄を解き、村長の腕に巻いていく。身動きが出来なくなったと知って、男が村長に飛びかかろうとすると、旅人が容赦なく男を蹴った。

「余計なことをするな。こいつはお前らに殴られる以上のことを身に受ける立場だ」

「……どういう意味だ」

 味方にならなかった旅人に、男は殺意を込めた目で睨みあげた。

「こいつの首はお国が欲しがってるんだよ。ここで殺されたらお前らまで処刑を受けるぞ。それでいいなら止めないが、自分の娘はいいのか?」

 男ははっとして慌てて、社の方へと駆け込んでいく。けれど鍵が特殊なのか、開けようとしても、鎖を外すことができない。

「……こんなことをして」

「別に、お前には興味ない」

 旅人はそういうと、村長を昏倒させた。


 男があまりにも時間を掛けているので、カイは様子見に社に近づいた。持っていた剣で叩き割ろうとも思ったが、社を壊す方が楽かと思って剣を持ち上げた。

「……ねぇまって」

背後でサエの声が聞こえる。カイも男も驚いて背後を見ると、怯えた様子で周囲を気にしながら、恐る恐ると出てきた。

「サエ……!こんなところで何しとる!」

「そ、そういう貴方達こそ、贄を逃がしたら殺されるのよ!」

 カイは面倒臭そうに頭をかいた。

「今はどうでもいいことだ。チビ、止めるなら寝ててもらうぞ」

 カイが拳を作って顔の前まで上げると、サエは不機嫌に口を尖らせる。

「殴るの、最低ね」

「俺は男女平等だ」

 ますますサエの顔は険しくなっていく。

「……どうせなら贄を私にさせてよ」

「けどな……」

「なんでお前は贄になりたがる」

 男の言葉を遮って、カイはサエの目を見た。

「……私のねえさんが五年前に贄になったの。けどねえさんは生娘じゃなかった。ねえさんは殺されて、婚約者だった義兄さんも罰を受けたわ。わ、私は初潮が来るのが遅くて、ずっと贄になれなかったけど、やっと初潮が来て、贄になれると思ってた」

「なぜ、贄になりたい?」

「ねえさん達の、みんなの仇が討ちたかった」

「どうやって?お前が犠牲になったところで、何一つ、村は変わりやしねえ。断言してやる。掟に縛られ、諦めてる奴等に、変える力は無い」

「でも、でも。今、貴方がそれを壊そうとしてる、……お願いよ、手伝わせて!ううん、手伝って、ください……!」

 サエが膝を付き、土に頭を付けた。カイは呆れたように溜息を吐く。

「っかしなぁ……。社の鍵が無いんだよ。村長の奴かなり周到に頭を使ってる」

「それなら、任せて」 

 サエは衣が汚れるのも構わずに、社の下へともぐっていく。

「何してんだ?」

 ごとごと、と社の下から音がすると、中にいたカノエが驚いたように声を上げた。

「さえ……アンタって子は」

「いいから、コッチに着替えて。早く」

 中を覗けば、いつの間にか一人分、人影が増えていた。

「見てんじゃないわよ!」

 サエの勝気な声がカイに噛み付いた。

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