魔性の焔 11
キノギとヤトが港へ着いたのは、日が沈み月が煌々と輝いた頃だった。待ち合わせにしていた酒場の明かりは当に消えていて、入り口に男が一人空を見上げていた。足音に気がついて、男が二人に顔を向ける。
「やぁ。遅い遅い」
「我々を歩き回らせておいてそれですか」
ヤトは正直に感情を出し、口を尖らせた。
「ふはは。それは僕じゃないからね、言っとくけど」
キノギは被っていた御面を外し、無表情に男を見上げる。
「で、そちらはどう動く」
「君らはどうするの」
キノギはむっと口を曲げる。その顔に男は楽しそうに笑った。
「久しぶりに会ったというのに、兄に対して挨拶もなしかい?可愛げないねぇ」
「可愛げがなくて結構。そう仰ってくださる兄上にはとても感謝しております」
男が笑う反対に、ヤトは拗ねたように益々口を尖らせる。
「いやいや。相変わらず賛辞が嫌いとか、我が妹ながら偏屈者だね」
「褒め言葉に御座います」
「キノギ様。貴女の美しさは隠しても隠し切れないのですよ。自覚してください」
「お前は黙っていろ」
キノギが棘を含んでヤトを牽制する。
「じゃー本題に入るけど。僕らとしては入港出港の規制を一時的に強化する。数月前からの入出を調べたけれど、今のところ長い間留まっているのは一隻が半月。予定では一月居るそうだ。その間役所に届く不審な事件事故は、数にすると増えてはいないので様子見なんだけど」
男が歩き始めたので、その後を二人が着いていく。
「その案を十日ほど前にだして、数人が渋り顔をしてねぇ。なんか近くの村と密書をやり取りしていた様子もあったんでね、洗ってみたら……」
前方で落胆の溜息が零れた。
「面倒ばっかり」
「「ご愁傷さまです」」
ヤトとキノギの声が重なった。
「……、まぁ。国司の方は僕が片付けないといけないんだけど。その取引している村と商業団相手に証拠を突き出すにはまだ時間がかかりそうでね。君らが報告してくれた村々の件と繋がっているのかは怪しいとだけは言っておく」
「私の見立てでは、繋がっていると思うのですが」
「根拠は?ないだろう?」
キノギの言葉に、男の声に棘が含む。形ばかりとは言え男は都から視察を命じられたのだ、不正があるにしろないにしろ、推測だけで報告するわけにはいかない。
「この付近では一番大きな村で、今の時期になると娘が一人、鬼へ召されるそうです。兄上から頂いた話しによれば、この付近の村でもこの時期、若い娘が一人ずつ神隠しにあっているそうですね」
「うん。うん」
「たった一人ならば、不幸だったと村の人間は考えるでしょうが。他の村でもそのようなことが有ったと知れば、考える方向を変えるでしょう」
「と言うと?」
「同じ時期に人が消える共通を知ってしまえば、作られた不幸だと村の人間は気付きます。貴方も分かっているでしょう。共通していると」
「では仮にそうだとしよう。鬼がこの時期になると近くの村々から娘を攫う」
男が振り返る。月光に照らされて男が笑みを浮かべているのが見える。
「ではなぜ、鬼はこの時期なのか。しかも律儀に一年に一人」
「目を付けられない様にではないのですか。兵を出されては面倒でしょう」
ヤトが言うと、男も頷く。
「あとは、この時期にしかこの付近をうろつけないのだろうと推測できる。だが僕が調べたところ、商業団で時期を固定して入港している船はない。もし彼らが人身売買をしていたとしても、時期にこだわる必要性はない」
「国内の商業団も」
「そんな様子はない」
キノギがおもむろに御面を顔に被り、来た道を戻ろうとした。
「兄上も人が悪い」
「キノギ様?」
「……だからこそ、年に一度」
男がポツリと呟いた。
「兄上には悪いが贄になるつもりは毛頭ありません。ヤト、仕事の続きをしに戻る」
怪訝な顔をしていたヤトだったが、キノギの言葉を反復してようやく顔色を険しくさせた。
「トウヤ様は、キノギ様を生贄にしようとしたのですか!?」
「まぁさかぁ。まぁ足を掴んでくれないかなーとは思ってたけど」
「最低です!!」
「褒め言葉だよ」
「キノギ様の兄君でなければ半殺しです!」
「ふはは。お前になぞ僕が殺せるか」
遠くで苛立たしげに、ヤトの名を呼ぶ声がする。慌てて駆けていくヤトの背に男は愛しむように笑みを湛え、二人を見送った。




