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それからハルミオンは、早く帰ってくる日が多くなった。食事の際もぽつりぽつりとだが、会話もするようになった。
主不在だった屋敷にも活気が戻ってきた。
「英雄伝説記...ですか?」
「あぁ、まだ読んだこと無いだろう?」
「はい!どんなお話ですか?」
シエラたちは書庫にいた。あれから、手元の本を全て読み終えたことを伝えると、食事の後にこうして連れてきてくれるようになった。そうしてお勧めのものを紹介してくれたりする。 意外とハルミオンも読書家だ。シエラよりもずっと多くの本を読んでいる。花園では、彼女程本の好きな娘はいなかったから話せるのは楽しい。
ハルミオンと過ごす時間が増えて、シエラはなんとなく彼の表情が読み取れるようになった。
仕事から帰った後は若干疲れた表情をしているし、本の話をしている時とかは柔らかくなる。
「...簡単に言えば、一介の村人が勇者として王女を助けるというありがちな話だが、背景描写も細かく、登場人物の心情の機微も上手く描かれていると私は思う。城の執務室に置いてあるからここにはないのだが、良ければ貸すが」
「是非お願いします」
シエラは即座に答えた。ランプに照らされたシエラの顔に笑が浮かぶ。普段大人びたところのある少女だが、こういう時のシエラは年相応だと毎回ハルミオンは思う。
「わかった...近いうちに持って帰る」
「ありがとうございます」
礼を言うシエラの頭をハルミオンが無意識にぽんぽんと数回撫でる。ハルミオンの不意打ちにシエラの顔はランプの灯りではないとわかるくらい赤く染まるが、ハルミオンは気づいていない。
また、隅で控えていた執事も、普段女性に近づくことも避けている主の行動に軽く眉をあげて驚く。そうして口元を綻ばせた。
「で、シエラちゃんだっけ?彼女とはどう?仲良くなれたわけ」
最近早く家に帰る友人の姿に答えを予想しながらもレイモンドは一応聞いてみる。
「...向こうも本好きなことがわかった」
「ふーん。それでこれ持って帰るんだ」
いつものソファーに腰掛けたレイモンドは、傍のテーブルに置いてあった本を手に取る。重い...。これを読むとは君同様の読書量かと呟くレイモンド。その顔には明らかに、にやにやという効果音が付きそうな類の笑みが浮かぶ。
そんな友人を一瞥してから、ハルミオンは仕事を再開する。
「...…」
「こっちを見るな、気が散る」
「えー。酷くない?」
レイモンドが見つめてくるおかげで仕事が進まない。面倒くさいから放っておこうかと思ったが、仕方なくペンを置いて尋ねてやる。
「で、何の用だ」
ハルミオンの質問に、待ってましたと口を開くレイモンドに嫌な予感を覚える。止めようとしたがもう遅い。
「ディアがさ、ハルの奥さんに会ってみたいって言うんだけど「断る」
止めるのは間に合わなかったハルミオンは、途中でレイモンドを遮る。しかし相手が手強かった。
「僕も止めたんだけどねぇ」
まだ君の奥さんも、今の生活にもまだ慣れてないだろうし、とレイモンドは笑うが瞳が笑ってない。そもそも、よほどのことがない限りレイモンドが溺愛する妻のお願いを断ることがないわけで。
「いや、王太子妃に合わせるのにはまだ礼儀作法とかいろいろだな」
「花園って、確か貴族とか王族とかの傍に侍る時、失礼がないようにって礼儀とか一通り習うんだよねー」
「…」
「それとも何?君の前で粗相を犯したとか?」
「…いや」
んじゃよろしくねー。そう言って片手を挙げて部屋を出ていくレイモンドを見送ってハルミオンは大きなため息をついた。