第一章・3
―3―
小さな工場が住宅にまぎれポツポツ見られるような街外れ。
どこからか機械の稼働する音が地鳴りのように低く小さく響いている。不景気からか、シャッターが閉められたままになっている工場も少なくないようだ。
人も離れていっているのだろう。真昼間だというのに閑散とした空気が漂っている。
「なかなか現れませんね」
路肩に止められたライトバンの中。運転席で言った若い刑事の言葉に、助手席の東田昇は大きな欠伸で答えた。
ある男に強盗傷害の容疑が掛かっているのだが、その行方が分からない。男の自宅である木造アパートが見えるビルの陰に、他の刑事と交代で張り込みを始め今日で三日目。
「まあ、地道に待つしかないだろ」
そわそわと落ち着かない若造に東田は言った。
別の刑事は行方を探し走り回っている者もいる。しかし自分たちは、こうしてじっとしていることが、今、与えられた役目なのだ。
警官なんて過酷な職業によく就く気になったな、などと言われる事もある。
しかし東田に言わせれば、日々、経済やら流行やらに左右され、常に変化や進化を求められる企業勤めの会社員、工場勤めの技術者なんかの方がよっぽど過酷だ。
この物も人も蔓延している世の中、右肩上がりの数字を出し続けるなんて不可能に近いように思えてならない。
それ自体に賃金が支払われるわけでもないのに、サービスで愛想を振りまく接客業にもほとほと感心させられる。
事件が解決しなければ、休みを返上しなければならないことも多々あるが、自由な時間がないなどと嘆く奴は、よっぽどその自由というものを手に入れてやりたいことがあるのだろう。
東田には、たまの休みになんて寝る他には、競馬やパチンコに行くくらいしか思いつかない。
もはや古びてほつれの目立ち始めた法律の中、そこから外れ起きた物事を処理すればいい。
もしこの世の人間すべてが、ルールを破らずにいられるのなら、必要性すらない職業だ。それでも人間は大なり小なり、ルールを犯さずにはいられない生き物らしい。
世の中が不景気な中、警察が不景気だという話は今のところ聞いたことが無い。むしろ、世の中が不景気だとこの仕事は忙しい。
皮肉なものだ。
「もし今この場に奴が現れたら、捻り上げてやりますよ」
若い刑事は言った。
なんとまあ、正義感に熱いことだ。名前は確か青田とか言ったか。熱くなりすぎて勝手に飛び出したりしなきゃいいが。
まあ「夢で事件解決☆」とか言いださないだけ、誰かさんより何倍もまともだろう。
煙草を吸おうと上着を探っていた東田は、隣の顔がやや渋くなっているのに気づいた。
煙草は合法だ。言いたいことがあるならはっきり言え。
一本口に銜えライターを手にした時だ。無線が入った。
容疑がかかっていた男の実家の方に張り込んでいた刑事達からで、家に入った所を確保したという連絡だった。
「それじゃあ……戻りますか」
やや意気消沈といった様子の青田。
「このまま帰っちまいてぇ気分だな」
「東田さん、お住まいは」
「ああ、実はこのすぐ近くでな。そこを真っ直ぐ――」
「あっ!」
青田が突然、東田の言葉を遮るように声を上げた。
「なんだよ」
「今、あの家の二階の窓から、何かが落ちました」
青田が指差す方向には、今にも崩れそうな小さくて古びた木造の一軒家があった。
「何かってなんだ」
「さあ……でも結構大きくて、子供くらいの大きさの――」
「子供?」
「すみません! 自分、ちょっと見てきます!」
慌てたように青田は車から飛び出すと、その家へと走って行った。
……おい。面倒なことを。
しかし気づいた以上、無視することはできないだろう。
小さく舌打ちすると、東田は運転席から差しっぱなしになっているキーを抜き車を出て、青田の後を追った。




