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第一章・2

―2―


 鈴が目を覚ましたのは、大酉が出掛けてから十分も経たない間だった。

 もぞもぞと身じろいだ鈴の目がうっすら開かれたのを見て、常磐は声を掛けた。


「おはようございます、朝日奈さん」


 まだ重たそうな瞼の下から常磐の顔を認識すると、鈴の眉間にすぐに深い皺が刻まれた。


「……そこで何してるんです」


 起き上がるのも面倒なのか横になったまま、まだうまく回らない口で返されるのはそんな言葉。


「見ての通り。朝日奈さんを団扇で扇いでいます」

「大――」

「大酉さんなら、今日中に銀行へ行かなければならない用事を思い出したそうで。出掛けていますよ」


 大酉の名前を呼ぼうとした鈴にそう伝えると、一瞬、驚いたような顔をする。しかしすぐに愛想のない渋い顔に戻ると、のろのろと上体を起こした。


「他人に留守を任せるなんて……」


 小さくぼやきながら浴衣の首もとを手で拭う。

 冷房をつけないままでは、やはり暑かったのだろうか。黒い艶のある髪の額あたりがやや汗ばんで束になっている。


「袖や裾がない方が涼しいんじゃないですか。ほら甚平とか」


 鈴を扇ぐ手はそのままに、常磐は言った。

 自分もさっき半袖のワイシャツを思い浮かべたのだ。鈴の着ている浴衣は目には十分涼しいが、腕や足を出した方がより涼しいような気がする。

 すると、鈴が何を思い出したのか、苦笑いを浮かべ小さく首を振る。


「大酉が痛がるから」

「痛がる?」


 どういう意味だろうか。

 確かに鈴の体は身体の形を曖昧にする和服でも明らかに細く、その裾から見え隠れする手首や足首の華奢さは、痛々しいと言えなくもないが。


「それで、今度はどんな犯罪者ですか。どうせまた見た(・・)んでしょう?」


 鈴は常磐が手にしている団扇に、寄こせと言うように手を伸ばした。


「別に、犯罪者と決まったわけでは……」

「すでに何件もある前例を無視することはできませんよ」


 常磐には奇妙な力がある。

 『他人の見ている夢と同じ夢を見る』というその力。

 それはただ映像を見ているようなものではなく、その人の感情や考えを、まるで自分の物のように感じるため、見るというよりは同調と呼ぶ方が相応しかった。

 そして、これまで常磐が同調してきたのは、すべて常磐自身が関わる事になる事件の加害者であった。

 なぜ、自分にこんな力が身に付いたのか。他人の無意識の意識に入り込み、自らを相手に重ねるその力は常磐が制御できるものではなく、いつか自分はノイローゼになってしまうのではないかと思っている。

 しかし、その力でそれらの事件を常磐が解決できたのも事実だ。ただし、鈴の協力なしでは解決できなかったであろうことも明らかで、鈴の前だと常磐は肩身が狭く、百八十五センチはある大きな身体を、今もできるだけ縮めるようにして正座していた。


「で、でも今回こそは違うと思います」

「へえ。どんな人ですか」


 言葉では尋ねる鈴だが、視線は眩しい日射しに照らされた裏庭に向けられ、常磐の夢になどまるで興味がないように見える。

 それでも一応は訊いてはくれるのだから、鈴は優しいのだろう。

 そんな鈴の気を惹くべく常磐は言った。


「今回の同調者は正義の味方でした」


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