第八章・1
第八章
―1―
バシン! と突然目の前の机に雑誌が叩きつけられて、常磐は肩を縮めた。
「……どうしたんですか、西山さん」
「あいつら、記事にすんなって言ったのに。見てよ、これ」
「はあ」
常磐は雑誌をぺらぺらとめくり、そこに放火の二文字を見つけ手を止める。
【連続放火事件を追う刑事、火事の中から少女を救った英雄!!】
「これは……」
ざっと目を通した限り、東田のことで間違いない。
東田の名前も署の名前も伏せられていたが、これまでの火事の現場は地図つきで全て順を追って掲載されていて、その管轄から霞野署のことが容易に突き止めることができる。どこから仕入れたのか刑事課の男性、三十四歳というところまでは書かれていた。
まあ、内容としては今だに犯人を捕まえられない警察への皮肉と批判を交えつつ、火事から少女を救ったのも警察の人間だったというものだ。八割は批判的な方の内容ではあったが。
「マスコミの警察批判は今に始まったことじゃないですよ……。一応これはいいことも書いていますし」
「警察が批判されるのは当たり前、いいことも書いとけば咎められないだろうって考えが気に食わない。報道の自由だか何だかしらないけど、報道で犯罪を減らそうとしてるんならともかく、これは犯罪を煽ってるとしか思えないわよ」
たしかに。警察の無能っぷりを面白おかしく書いている風はある。
犯罪があるのは警察のせいではない。犯罪をする人間が悪いのだ。なのに、警察のせいで犯罪がなくならないかのような内容だ。
「だいたい、東田はこの放火事件を追ってなんかいなかったし、何よりそのイラストが気に入らないわ」
写真を撮ることができなかったからか、そこには少女を救った刑事とそのシーンのようなものをイラストで表現していた。そして、おそらく東田であろう少女を腕に抱いた男が、映画俳優のような男前に描かれていて思わず常磐は吹き出した。
逆に、これなら東田だとバレることはないのでいいかもしれない。
「常磐」
「はい」
「例の夢はどうなの」
「それが……実はこの前の火事以降は見ていなくて」
あれがもし犯人への同調なのだとして、あの火事の後に見なくなったということは、犯人はもう放火をしようとは考えていないのかもしれない。人が死んだのだ。そうであって欲しいと思う。
しかしそれは、もう常磐の夢の力では犯人を捕まえることは出来ないということだ。
「そっか……よし、行くわよ常磐」
「え、どこへですか」
「帰る前に見回り。付き合うでしょ?」
にっと笑った西山に、また落ち込みそうだった気持ちを奮い立たせて常盤は頷いた。
「もちろんです」
◆◆◆◆◆◆
一連の放火事件がこの前の若松隊員のいる消防署の管轄ということもあり、また疑うようで悪い気がしたが、その管轄内を見回ることにした。
「常磐、そこ右」
「了解です」
ハンドルを握る常磐に西山が指示をする。
大通りから一本、奥へと入る道。小夜の家があったような寂しい場所だった。
「この辺りも意外と電灯とか少ないのね」
「住宅街からは少し外れていますし。防犯カメラとかもありそうにないですね」
「まあ、放火をしている瞬間が映ってないと、証拠としてはなかなか使えないでしょうけど」
「そこらじゅうに監視カメラがあるような街も嫌だと思うんですけど……」
「そうね」
他に車も来ないため、スピードを落として進みながら常磐は思う。
こんな場所なら、そこらじゅうにある。それをすべて見張るなんて出来はしないだろう。それでももうこんな事件をこれ以上、起こしたくはない。
「さてと、もう十時過ぎか。帰りましょうか。明日もあるし」
「はい」
常磐は返事をしたが、ふと車を暗闇の中で止めた。
西山が常磐を見ると、常磐はサイドブレーキを引きエンジンも切ってしまった。
「何よ。どうしたの常磐?」
「西山さん……」
常磐が突然手首を握ってきて、西山はぎょっとした。
「ちょっと、何よ。馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「すみません、違います……急に、急に眠気が……」
「眠気?」
「お願いです西山さん、俺を――」
言いかけて常磐はそのまま、西山の方に倒れてきた。呆気に取られている西山の腿の上、常磐はすぐに寝息を立て始める。
「こら常磐! こんなとこで寝るんじゃない。何をいきなり――」
常磐の耳を思い切り引っ張りながら、言いかけた西山はハッとした。
この眠りは常磐の意思ではない。だとしたら――。
西山は腿の上の常磐を除けて助手席を降りると、運転席側に回りドアを開けた。後部座席のドアも開けると、常磐のシートベルトを外し、腕の下に体を潜り込ませるようにしてその大きな体を抱え出す。そして少々乱暴に後部座席に投げ込んだ。それでも常磐が目を覚ます様子はない。
きっと常磐はこう言いたかったのだろう。
『俺を朝日奈さんの所へ連れて行ってください』と。
今、常磐は例の夢で犯人に同調しているはずだ。
「任せなさい。言ったでしょ。あんたをバックアップするって」
西山は運転席に座ると蜃気楼に向かってアクセルを踏み込んだ。




