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第七章・2

―2―


 西山は常磐の机にある資料に目を通して、大きく溜息をついた。


「馬鹿ね」

「え、なんでですか」

「今回の火事の時に必ず出動していた消防士のリスト。これで犯人が捕まえられると思ってんの?」

「で、ですから、俺また実はあの夢を見て――」


 言いかけた常磐は眉間に西山のチョップを受けて黙った。慣れていないせいか東田の拳骨より痛い気がする。


「あたしは別に、あんたの夢についてどうこう言うつもりはないけど。事件がそれで解決するんならね。でも実際現場に出てる消防士を疑うってのは見当はずれでしょ」

「そうですか? ほら、あの若松隊員とかは最初の小火ぼやの頃からずっと関わってるんですよ」

「だからってね」

「西山さん、知っていますか。ヒロイック・シンドロームっていうのがありましてね。ヒーローが自分で自分の活躍する場を作ろうとするっていう」

「どこで仕入れてきたのよ、その雑学」


 常磐の説明が下手糞だからだろうか。西山は少しも話に乗ってこない。

 自分は霧藤から、この話を聞いたときに凄く感心したのにと常磐は疑問に思う。

 ゴミ捨て場のゴミが燃える小さな小火騒ぎから、駐輪場のバイクや、乗り捨てられた車、人のいない廃墟、そして今回の小夜の家――と、どんどん大きくなっていった一連の放火事件。若松はどの現場にも出動していた。もちろん若松と一緒の勤務当番になっている者も同じだが。

 常磐には、なんとなく今回の英雄像に若松が重なって見えるのだ。


「じゃあ常磐、あんただったら自分が活躍するために、どうやって火事を起こすの」

「え?」

「ほら。どうやるのよ」

「どうって、普通に……」

「普通に? 自分は消防署内に待機してるのに?」


 そういえばそうだ。


「えっと、遠隔操作か時限装置で……」

「今回の現場ではそんなもん見つからなかったでしょ。使われてたのはどこの家にもあるような新聞と、家庭用ストーブにも使われるような灯油だったじゃない」

「休憩時間とかにちょっと抜け出したり……できませんかね」

「無理。彼らの一日のスケジュールの方は把握してないの? 休憩時間はいつでも出動ができるように事務室や待機室で過ごす決まりだし、仮眠時間も二時間の交代制。そんなことできる余裕はないわよ。それに火をつけておいて通報して、さらに現場へ急行するなんてタイミングよくいくわけないでしょ」


 バッサリ否定された。


「そうか……じゃあ、非番の方の人はどうですか。自分自身は駆けつけられませんが、同僚の皆が活躍する場を作ろうとか」

「それもないと思うわ」

「そう……ですか?」

「そっちは一応調べたから」

「え」


 西山は別の資料を常磐に差し出した。


「今回の火事のときに非番だった隊員の方のリスト。スポーツジムにいたって人が二人。でも時間も時間だったし自宅にいたっていうのがほとんど。アリバイ証言として家族の言葉は本来使えないんだけど。まあ、特に追求するほど疑わしいところはなかったわ」

「なんで、これを調べたんですか」


 常磐は資料を見ながら訊ねた。


「疑うのが私たちの仕事だからね。ちょっと申し訳なかったけど、署長さんも理解してくれたし。それに、署長さん自身が言ってたでしょ。『うちの管轄は給料泥棒とからかわれてたりするほど平和』だって。だから署内にそういう意見に反発してる隊員もいるんじゃないかと思ってね」


 常磐は言葉を無くした。

 自分が夢なんかに振り回されている間、西山はちゃんと捜査の中、些細な会話の中から犯人への手がかりを掴もうとしているというのに。

 自己嫌悪に浸っている常磐の手から、西山は資料を取り上げる。その顔は笑っていた。


「まあ、こんな調べ物は誰にでもできるのよ。もし、あんたにしか出来ないことがあって、それが犯人に結びつくものだとしたら、私はあんたをちゃんとバックアップするから」

「西山さん」


 なんて心強いのだろう。


「ところで東田の方はどう?」

「……小夜ちゃんのことが、やっぱり気になっているみたいです。今日も朝日奈さんを病院へ送ってきたんですが」

「鈴君? ああ、なるほど」


 西山も鈴の力のことは知っている。かつて鈴のおかげで友人を失わずに済んだことがある。


「うまくいくといいわね」


 鈴が小夜を目覚めさせるとは限らない。西山にはそのことは黙っておくことにした。

 自分も含め西山、そしてあんなに否定的だった東田までが、今や鈴の他人の夢へ入り込むという異常な力を普通に認識している。そのこと自体が異常なのではないかと、常磐はどこか薄ら寒いような怖さを感じた。

 かつて鈴に言われた言葉が頭をよぎる。


 『自分がいるのが夢の中だということを忘れないように』


 今、自分がいるのは現実の世界。

 それこそ意識していなければ、いつか自分は忘れてしまうのではないだろうか。

 それがなんだか怖かった。


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