第七章・1
第七章
―1―
小さな四角い部屋の中。
小夜がみーたんを抱えて座っていると、いつものようにお父さんとお母さんが部屋の様子を見に顔を出す。いつも通りだ。
「お父さん……今度、ゆうえんちに連れてって。サヨいい子にしてた……よ?」
小夜は小さな声で言ってみた。
みーたんが言っていた。我が侭を言っても怒られたりしないと。
ここでは何でも小夜の思い通りになるのだと。
お願い。
いいって言って。
俯き、ぎゅっと両目を瞑って返事を待つ。
「ああ、いいぞ。今度連れて行ってやろう」
「本当っ?!」
「ええ。小夜はいい子だものね」
驚いて顔を上げた小夜に、お父さんとお母さんはにっこり笑った。
本当だ。
みーたんの言った通りだ!
お父さんとお母さんが自分たちの部屋へ行ってしまうと、小夜はそっとみーたんを腕に抱え部屋を出てみた。
トイレに行くときにしか一人で出ることのない部屋を出て、階段をそっと下りる。玄関の引き戸をドキドキしながら開けた。
最近は部屋の窓からしか見ることのなかった空は、外に出て見るといつもより大きくて広い気がして、小夜は目を細める。
おばあちゃんがいたときには、一緒に遊んだこともある庭へと小夜は向かった。小さな小さな緑の芝生の庭にはレンガで囲まれた小さな花壇があって、そこに白い花が咲いていた。
おばあちゃんが好きだったお花だ。
「みーたん。お庭だよ。みーたんは来た事あったっけ?」
みーたんに声を掛けてみるが返事はない。
つまらない。またしゃべってくれればいいのに。
みーたんを揺すってみるが、やっぱりいつものようにただ丸い目で小夜を見ているだけだ。
小夜は玄関へと戻った。お父さんもお母さんも部屋にいるままだ。小夜を怒らない。
小夜は家の中へと戻る前に後ろを振り返った。ブロック塀の柱の向こうには道路がある。
小夜はそっと柱の向こう側に一歩足を踏み出してみたが、すぐに引っ込めると家の中へと駈け戻った。
「お父さん……今度、ゆうえんちに連れてってくれるんだよね。連れて行ってくれるって言ったよね」
お父さんとお母さんがまた部屋に来た。いつものように、ビニールの白い袋に入れられたご飯を渡される。小夜はもう一度同じ質問をお父さんにしてみた。
「ああ、いいぞ。今度連れて行ってやろう」
「ええ。小夜はいい子だものね」
お父さんとお母さんはにっこり笑った。
怒らないお父さんとお母さんに、小夜は更に聞いてみた。
「…………いつ?」
「今度、時間ができたらね」
「うん……」
お父さんとお母さんは怒らなかった。それは嬉しいことのはずだ。
それなのに、小夜はどこか寂しく感じた。
「お母さん」
「何?」
「あのね、あの……頭をね、なでてほしいの」
小夜は小さな我が侭を言ってみた。
お願い。
怒らないで。
すると頭に優しい手が置かれ、髪の毛を梳くように何度も頭の上を行き来した。
それは、おばあちゃんがいた頃よくやってくれていた撫で方で、目の前にいるのはお母さんのはずなのに、小夜はおばあちゃんに撫でられているような気がした。
「お父さん」
「なんだ」
「ゆうえんちに……ね。連れて行ってほしいの」
「ああ、いいぞ。今度連れて行ってやろう」
「ええ。小夜はいい子だものね」
お父さんとお母さんはにっこり笑った。
お父さんとお母さんは優しいのに、小夜はなぜか泣きたくなった。




