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第五章・2

―2―


 車が丁度、病院の駐車場に着いたとき、鈴は目を覚ました。

 自分が病院に連れて来させられている事、勝手に服を着替えさせられていることなどに気づいて、目一杯に不機嫌だった。

 霧藤には睨みを利かせようと、何を言おうと動じないからか、さっきから常磐を睨んでいる。自分を病院へと連れてくる片棒を担いだ常磐を見る鈴の目は、ゴミでも見るような冷ややかさだ。

 霧藤から大酉の入れたお茶を渡され口をつけると、多少、眉間の皺が緩んだように見える。これもまた霧藤の思惑通りだが、黙っておいた方が良さそうだ。

 病院のエントランスに入ると霧藤は腕時計を見て、辺りを見回した。


「どなたかお探しですか」


 常磐が聞くと


「ええ。月島准教授を。脳と眠りについての研究をされている方なんですけどね。約束をしているんです。この前、鈴のことを少し話したら是非、鈴本人と話をしたいとおっしゃってね」


 なるほど、それでいつもの検診以上に鈴の機嫌が悪かったのか。


「霧藤君、こっちこっち」


 声がして見ると一人の男性が受け付け前の長椅子から腰を上げ、こちらに手を振っていた。どうやらあれが『月島准教授』らしい。


「月島先生。お忙しいところ、すみません」


 霧藤は月島の元へ足早に向かうが、鈴はというと、いかにもやる気なさそうにちんたらと、霧藤の後からそちらへと向かう。常磐はさらにその後からついて行くことにした。

 

「こんにちは。ああ、君が鈴君だね。初めまして。月島つきしまみつるです。よろしくね」


 月島 満は鈴に手を差し出したが、鈴の手はパーカーのポケットから出てくることはなく、月島は苦笑いする。

 准教授なんていうからどんな凄い人なんだろうと常磐は思っていたが、まだそれほど歳ではなさそうだ。話し方にも堅苦しさはまるでない。


挿絵(By みてみん)


 それに大人しそうな……悪く言うと地味で、背は高くもなく低くもなく。特徴らしい特徴もない。体つきはやや細身だろうか。恰好も無難な白シャツに黒のスラックス。ボタンは首元までちゃんと留めてある。唯一その首元にしている紐タイが、なんとなく教授っぽいだろうか。まあ、教授という言葉に対する常磐自身の偏見で、実際はこんなものなのかもしれない。


「鈴、失礼だろう」


 霧藤は鈴に向かって言ったが、鈴の態度は変わらない。


「准教授ってお聞きしましたけど、お歳はいくつですか」


 他人相手のやたらと丁寧ないつもの口調で月島に尋ねる。


「私の歳? もう三十五になるけど」

「なんだ、俺と五つしか違わない」

「鈴」


 すかさず返した鈴に、霧藤が咎めるように名を呼ぶが、当の月島は今度は面白そうに笑った。


「そうか、そうだった。ごめんごめん。つい見た目が可愛かったから。別に子供扱いをしているつもりはなかったんだけど。私は大概、こんな感じなんだよ。そうだな、君のことは朝日奈君と呼んだほうがいいね」


 鈴が気にしているであろう『可愛い』という言葉を言ってしまうあたり、無神経なのか図太いのか。意外といい性格なのかもしれない。

 月島は鈴の後ろにウドの大木のごとく立つ常磐に、その小さく細い目を向けた。


「君は?」

「あ、どうも。俺は――」


 挨拶をしようとした常磐だったが、その瞬間、後頭部に衝撃を受けて言葉を切った。

 もう振り向かなくても分かる。病院で人の頭部に遠慮なく打撃を与える人物なんて一人しかいない。


「常磐、てめぇ、遅ぇんだって言ってんだろ。着いてんなら、もたもたしてねぇでさっさと迎えに来いってんだよ」

「……東田さん、舌咬みそうになりました」

「あ? だからなんだ」

「ちょ……松葉杖を振り回すのはやめてください。それは人を殴る道具じゃない。っていうか、松葉杖なくても平気なら一人で帰ってくださいよ。いって!」


 また殴られた。

 東田は大きな体の常磐の後ろに鈴の姿を見つけ、嫌悪するように目を細めた。


「よお。またお前か」

「どうも、こんにちは。ずいぶんとお元気そうですね」


 包帯をして松葉杖をもった東田に、鈴は薄い笑みを見せながらそんな挨拶をする。


「黙れチビ」


 東田が返すのは皮肉にもなっていない暴言だ。

 すると、鈴の向こう側にいた月島が、東田の方へと足を進めてきた。自分に近づいてくる男に、東田は怪訝な表情を浮かべる。

 月島はまじまじとその顔を見ていたが、やがて小さな目を驚いたように少し大きくした。


「……東田?」

「あぁ?」

「やっぱり。あの東田だ。鬚なんて生やしてるから一瞬分からなかったよ」

「なんだ。誰だよ、お前」

「ははは。酷いな、東田は」


 その笑い方には聞き覚えがある気がして、東田は自分も顔を寄せて月島を見た。

 

「なんだか相変わらずボッコボコみたいだね」

「お前――」


 思い当たった遠い記憶に、東田のヤクザ面が驚きに呆ける。

 そこに居たのは、東田にかつて「正義の味方になるといい」と馬鹿な提案をした級友だった。

 東田は言った。


「名前なんだっけか」


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