表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

第四章・3

―3―


 次の日、小夜の病室の前に来て東田は一度立ち止まった。

 中から人の声がする。


「どうするのよ。うちは引き取れないわよ」

「当たり前だろ。親戚とはいえほとんど連絡も取ったことがなかったっていうのに」

「じゃあ、あの土地はどうする」

「他にも千代さんが残してた財産がまだあるみたいなんだけど」

「へえ、あの娘がもう使っちゃったかと思ってた」

「そもそも、この子が目を覚ますのか――」


 東田はノックもせず乱暴に病室のドアを開けた。

 話し声が止まる。

 中には中年の男女がそれぞれ二人ずつベッドの脇に立っていた。


「な……誰ですか」


 五十代ほどの女が片松葉をつきながら入った来た東田を見て、少し怯えたように聞いてきた。


「警察だ」

「警察の方……ですか。その、ご苦労様です」

「お前ら出て行け」

「え」

「親戚だか何だか知らねぇが、怪我して寝てるガキの周りで話すようなことじゃねぇだろ」

「失礼ですけど、私たちは――っ」


 言いかけた男は東田が壁に打ちつけた松葉杖の音に肩をすくめた。


「出てけってんだよ」


 四人は何かを囁き合うようにして病室を出て行った。

 東田はベッドを見た。どうせ聞えてはいないのだろう。眠ったままの小夜がそこにいた。

 まあ聞えていても、何のことだか分かりはしないだろうが。こいつは知らない事だらけだった。

 大きな白いベッドの上で小夜はやたらと小さく見えた。小さな体に繋がれた色々な管が痛々しい。


「あんたのせいでまた警察の評判が落ちた」


 声に振り向くと西山が病室の扉のところに立っていた。


「この部屋から出てきた人たちが、何かぶつぶつ文句言ってたんだけど」

「言わせておけ。事件にもこいつにも関係のない奴らだ」

「忘れ物よ」


 西山は持っていた紙袋を東田に押し付けた。開けてみれば中には『みーたん』が入っている。

 綺麗に洗濯されているそれを、東田は小夜の枕元に置いてやった。見れば綿の飛び出ていたはずの尻尾も、きちんと縫い合わされていた。


「西山」

「何よ」

「お前も一応、女なんだな」

「東田、その足治ったら、今度は私が折ってやるから」

「今より重傷になるじゃねぇか」

「……この子が小夜ちゃんね」


 西山は小夜の傍へと行くと、小夜の目元に掛かっていた前髪をそっとよけた。


「可愛い子……足、跡残らないといいけど。女の子じゃ可哀想」


 小夜の右足は膝から下に火傷を負ったらしい。今は包帯に巻かれていてどんな状態かは分からないが。


「今はいい治療法が色々あんだろ」

「そうね」


 そんなことよりも、まず、目を覚ますかも分からないのだ。

 小夜を眺めながら東田はあの夜のことを思い出していた。

 赤く熱く燃え盛る炎。バラバラと降り注ぐ火の粉。朦々と立ちこめる黒い煙。割り破った窓。

 視線を戻した部屋の中。


「あの時――」


 ふいに口から言葉が零れ、西山がちらと東田に視線を向ける。


「こいつを抱えて窓から出ようとしたあの時、部屋の中、こいつの親がベッドの上にいるのに気がついた」


 そう、気がついた。

 おそらくまた酒でも呑んでいたのだろう。迫る煙にも炎にもまるで起きる様子はなかった。


「気がついた――が、俺はあいつだけを抱えて窓を出た。大人二人は無理だとしても、もう一人くらいは抱えられた気もする。そうだな、母親の方くらいならいけた気がする」

「……何が言いたいの」

「俺は、わざとあの親を助けなかったんじゃないかと思ってな」


 歪んだ笑みを口の端に浮かべながら自嘲気味に言った東田に、西山は呆れたような息を吐いた。


「何、馬鹿なこと言ってんの。あんたはそんなことできないわよ。あんなときに、そんなことにまであんたの頭が回るわけないでしょ」

「…………お前な」

「私ならしたかもしれないけど」

「あぁ?」

「私ならしたかもしれない」


 繰り返した西山に思わず顔を向けた東田だったが、見合わせた西山の表情はいたって真面目で、東田はすでに眉間に刻まれている皺を深くする。


「子供を守れない親なんて、いなくていいと思わない?」


 西山の言葉に冗談めかしたところはない。

 だからこそ、東田はそれを鼻で笑う。


「それでも両方助けるのが、お前だろうが」

「まあそうね」


 言ってくれるじゃねぇか。本当に口の減らない女だ。

 東田は西山に背を向け病室のドアを出る。

 その後ろ姿に向かって西山は言った。


「東田。あんたは火事の中から女の子を一人連れ出した。それだけ。それで十分じゃない」


 炎の中から拾い上げた重さ十五キロほどのちっぽけな命が、今になって何だかひどく重たく感じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ