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序章

挿絵(By みてみん)


序章

 

「東田はさ、正義の味方になるべきだと思うよ」


 その声に東田(ひがしだ のぼるは、赤黒い痣で縁取られた目で、その言葉を口にした相手を呆れたように見た。

 言っている内容もそうだが、今の東田の状況にその言葉があまりにも不釣り合いだったからだ。


「お前、俺が今何してたか分かってるか?」


 留めていた学ランの襟元を外し東田は言った。


「分かってるよ。他校と乱闘騒ぎを起こしたことで生徒指導室に呼び出されて、怒られてたんじゃないか」


 薄暗い教室の窓際で、東田の質問に当然のようにそいつは答えた。

 下校時間も間際の教室には他に誰もいない。


「俺は、それが終わるのをこうやって待ってたんだし」


 そう言って持っていた二つの鞄の内の一つを、東田に投げて渡しながら教室を出る。


「で、どうだった。停学? 退学?」


 笑みを含んだ声で訊いたそいつに、東田は受け取った自分の薄っぺらい鞄でその尻を叩いた。


「面白がってんじゃねぇよ」

「痛いよ」

「反省文の提出だってよ」


 あまりに軽い罰に、拍子抜けしたといった様子で東田は言った。


「まあ、相手は三人で鉄パイプ所持に対して、東田は素手で一人だしね。向こうの立場が悪くなるし」


 その言葉に、東田が足を止める。


「……お前、なんでそれ知ってるんだよ」

「東田、喧嘩したのは二丁目の工場裏だって言ってたじゃないか」

「そうだよ。あの日は工場は休みだったし、時間も夕方を過ぎてたから、誰も見てた奴はいなかったはずだ」


 当時の様子を思い出すように東田は眉間に皺を寄せ、斜め上を見ながら言った。


「東田、知らなかった? あの工場、先々月に資材を盗まれたとかで、小さなニュースになったんだよ」

「覚えてるよ。なんだか、鉄のプレートがごっそり盗まれたとかで」

「そうそう、それ」

「それがどうかしたのかよ」

「あの工場、それから防犯カメラをつけるようになったんだ」


 東田は目の前の呑気な顔をした級友のしたことが分かってきて、大きくため息をついた。


「お前が手ぇ回したのかよ。どうりで先公が大人しいわけだ」

「よく撮れてたよ。東田がボッコボコにされてる所。匿名でダビングしたテープを、向こうの学校に送ってやったんだけど、効果あったみたいだね」


 工場の人間に、どうやって防犯カメラの映像を見せてもらったのかは知らないが、不思議とこいつはそういうことをうまくやってのける。


「向こうは一応、この辺じゃ有名な進学校だしな。――それで、どうして俺が正義の味方なんだ」

「ああ、ちゃんと聞いてたんだ。単純に東田って強いじゃん」

「そんな奴、他にもいるだろうが」

「あと、悪にもなれるってとこがいいよね」

「……なんだそれ」

 

 正義の味方になるのに悪になれたらダメだろうがと東田は思うが、そいつは尤もらしく続ける。


「いい人すぎると、いざというとき頼りないもんだよ。それに性格も単純だし」

「それ、褒めてんのかよ」

「褒めてるんだよ。悪いやつには悪いやつの事情が……なんて考えたりしないだろ東田は」

「面倒くせえ。俺は悪い奴の方が向いてるよ」

「ええ。無理無理。東田には。本当に悪い事をするには頭が良くないと。悪い事を悪い事だと分かってて、それでも実行する奴ってのは、よっぽどの馬鹿か、よっぽど頭がいいか、自暴自棄かだよ」


 クラス内ではいるかいないか分からないくらい地味だが、東田といるときは意外なほどよくしゃべる奴だった。


「じゃあ、お前は悪に向いてるな」

「うん、そうかもね」

「お前、むかつくな……」

「ははは」


 笑いながらそいつはもう一度繰り返した。


「だからさ、東田。東田は正義の味方になるといいよ」

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