82.蛇足という名のエピローグ ①
「………カイ?」
「うん」
震える声で問いかけると、済んだ声音で肯定の返事が返ってきた。
「ほんとに、カイなの?」
「うん」
心臓から湧き上がる熱を、抑える事が出来なかった。
嗚咽が漏れないように口元を押さえると、今度は目頭が熱くなる。
泣かないと、約束したのに。
「待ったよ、いっぱい待ったよ」
「うん、ごめん」
とうとう堪えきれなくなった雫が、頬を伝う。
一度堰を切ってしまった涙は、次から次へと溢れ出て、止まる所を知らない。
あの夜と同じ、途方に暮れたように佇むカイを見ても、私は涙を流し続けた。
「ごめん、俺が悪かったから、だから、泣かないでくれないか」
「無理」
即答すると、カイの困惑が深まるのが分かった。
何事かと伺う道行く人々の視線を感じながら、それでも泣きやまないでいると、ばさりと頭に何かが落とされる。
暗くなった視界に驚いて顔をあげると、ブレザーの襟が見えた。
「泣きたいだけ泣かしてやれ」
伊達の声が聞こえる。
目の前にあるカイの拳が、硬く握り締められるのを見て、私は慌ててブレザーの下から顔を出した。
何も泣きたいのは自分だけではないかもしれない。
カイも伊達も人目を気にして泣けないのかもしれない。
やっかいな男のプライドに思い当たった私は、場所を変えるべく、立ち上がると―――――
あれ?
小さい。
人目の無い所に移動しようとしたその足を止めて、カイを見詰める。
目線が私より10cmは低い。
立ち上がった事によって、逆光でよく見えなかったカイの顔がはっきりと見えるようになった。
何か、
若い!?
「カイ、いくつ? あ、年下だから中学生だっけ? どこの中学だろう? 弟が富永一中に通ってるんだけど、知ってる?」
カイはぐっと唇を引き結んだ。
ありゃ、ネトゲ廃人(推定)のカイに学校の話は禁句だったか。と反省したとき、カイはぼそりと呟いた。
「富永一小」
と。
えーと、
えーと、
えーと、
―――――まじですか!?
「一小の6年」
吐き捨てるようにそう言うとカイは私の手をとった。
「行こう、向こうで佐藤さんが待ってる」
「え? あ、うん」
やっぱり2人は知り合いだったんだ。
カイは足元に置いてあった私の鞄を持つと、手を引いて歩き出す。
「いいよ、自分で持つよ」
「いい」
足早にその場を離れようとするカイに連れられて、広場を1/3ほど横断したとき、何か忘れている事に気がついた。
ここ最近、いつも隣にいた壁がない。
「あ、伊達!」
噴水を振り返ると、放心したように突っ立っている伊達がいた。
カイの歳が余程ショックだったのだろう。気持ちは分かる。大いに分かる。
「伊達―。何やってんの。置いてくよー」
声が届くと、伊達はたった今、悪夢から覚めたかのように、大げさに慄いた。
キョロキョロと辺りを見回して私達を認めると、いつの間にか石畳に落ちていたブレザーを拾い上げ、その長い足を存分に生かして、あっという間に追いついた、
「わりい、仁木がオクトだったって分かった時以来の衝撃だったわ」
私は伊達がチャラ男だと分かった時以上の衝撃だったよ。
「………あんた伊達なの?」
カイがどこか冷めた目で伊達を見上げる。
「あー、そうだけどよ。久しぶりっつーか。まあよろしくな」
カイの視線に合わせて中腰になった伊達の、強面お兄さんスマイルが炸裂する。
ところがカイはびくりとも、にこりともしないで質問を繰り返した。
「違う。あんた本名も伊達なの?」
……………そういや、伊達の名前なんていうんだっけ?
確か、田がついた気がするんだよなあ。田木? 田崎? 田村?
あ、そうそう!
「田島! ……だよね?」
「四ツ谷だよ!」
額に青筋を浮かべて怒る人間を始めてみたかもしれない。
いや、人って怒ると本当に青筋が浮くんだね。
「お~~~ま~~~え~~~というやつは! こんだけ一緒にいる人間の名前ぐらい知ってやがれ!」
わしっと片手で頭を掴んだその手には、前回よりも確実に力が加わっていた。
はい、本当に申し訳ないです。