表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/95

81.〇月×日、今日は……

 これからの事を話し合うと、伊達は修也に謝り倒して帰っていった。

 パートから帰った母に捕まり、晩御飯を食べていけとしつこく絡まれ、でかい体を小さくして、必死に言い繕って逃げる伊達は、ちょっと可愛かった。

 翌朝、伊達はご丁寧にも家まで迎えに来た。

 まだ家にいた父と鉢合わせ、軽く修羅場になる。

 ちゃんと学校に行くと約束したのに………。

 登校してみれば、驚いた事に、私と伊達は、クラス公認のカップルに認定されていた。

 駅前でのあれこれを目撃した人間の証言と、その後二人揃って学校にこなかった事が原因となって噂が出回り、私の家に来るために伊達が住所を聞き込みまくったのが止めになったらしい。

 ふざけんな。

 挙句、一緒に登校するようになったものだから、私と伊達が何度違うと説明しても、誰も聞く耳をもたなかった。

 皆の中では、伊達の浮気に切れた私が、登校を拒否して家に閉じこもったのを、伊達が土下座して許しを請い、元鞘に納まった、という話が出来上がっていた。

 まじでふざけんな。



「在学中に彼氏が出来なかったら恨んでやる」


 私は噴水の縁に腰掛けて、隣に立つ伊達を睨んだ。


「こっちの台詞だ。つーかよ、俺ってお前の恩人じゃねえ? その恩人に向かってよく言うぜ」


 かったるそうに腕を組んだ伊達が、けっと悪態をついた。

 はっきり言って正論な伊達の言をスルーし、背後の噴水の中に立つ時計塔を振り返ると、針は午後3時55分を指そうしていた。


「もう少しで時間だね」

「ああ、ゆっくり待つか」


 私の部屋で伊達と話し合ったあの日、私達はこれからの行動をいくつか決めた。

 一つ目は、夜の11時から1時まで、それぞれの家でROをプレイする。無窮の王に挑戦し、パーティの一員として戦いつつ、カイにメッセージを送ること。

 メッセージの内容はこうだ。


『夕方の4時から6時まで、くじら時計の前で待つ』


 くじら時計というのは今私達がいる駅前の噴水広場の愛称だ。どんな人間がプレイしているか分からないゲームの中で、地名を出すのは拙い。少しでもリスクを減らすために、地元の人間の間で親しまれている愛称を使って待ち合わせ場所を指定した。

 二つ目は、毎日学校が終わると2人で待ち合わせ場所であるくじら時計に行きカイを待つこと。

 その際、決して1人で行ってはならない。もし、伊達が急用で来られない時は、私も行かないと約束させられた。

 実際、ここ数日広場で待って、一人で来た場合の危険性をひしひしと感じさせられた。

 ROとは関係のないナンパや勧誘が数件。また、RO内での私達の発言を聞きつけたと思われる物見遊山が数人。何れも私の隣に立つ伊達が、ひと睨みすると散って行った。190越えの一見すると柄の悪い男に絡まれては、誰だって逃げ出すだろう。

 三つ目は、1ヶ月、これを繰り返すこと。

 1ヶ月経ってもカイが現れなければ、また他の手を考えよう。そう伊達は言っていたけれど、私は、1カ月後にまだカイの消息が分からなければ、県内の佐藤姓をしらみつぶしにしていく覚悟をしていた。どれだけ時間がかかろうとも、必ずカイの消息を掴んでみせる。


 帰宅途中の中高生が楽しそうにおしゃべりをしながら駅へと向かい、ネギが突き出た袋を持ったおばちゃんが、忙しそうに自転車をこいで通り過ぎていく。

 広場に影を落としていた小さな雲が風に乗って東へ流され、石畳が赤みを増した。

 軽やかな曲が広場に流れ、高く噴水が上がる。

 4時の合図だ。

 私は足元を見詰めると、静かに息を吸い込んだ。

 カイが現れなくても、落ち込んだりしないように、カイが現れても、取り乱したりしないように。こ こで待ち始めてからずっと続けているおまじないのようなものだった。

 もう8回目になる。

 

 いや、まだ8回目だ。


 ふと、伏せた目の先に、仁木杏である私の足よりも、一回り大きな足先が入り込んだ。

 デジャヴ?

 どこかで見たような光景を思い出そうとして、私はその足を見詰めた。

 白とグレーのモノトーンのスニーカーはまだ新しいのか、ぴかぴかだ。アクセント代わりにサイドについた赤いマークはよく見るメーカーのものだが、この靴のデザイン自体は初めて目にする。

 なのに、どこかで見たような気がして仕方が無かった。

 何故か、心臓が踊るように跳ねはじめた。

 大きな長靴ちょうかが広場に敷かれた石を打つ音が耳に甦る。

 この光景を私は知っている。

 噴水の縁に座って話をした。

 静かな暗赤色の瞳が私を映していた。

 喜びと期待と不安が体中を駆け巡った。

 大きく息を吸い込んで呼吸を整えると、私は、スニーカーに包まれたそれをたどり、目線をあげた。

 西に傾いた日差しが眩しい。

 私は目を細めてその人を見つめた。


「遅くなってごめん。――――ただいま、オクト」


 そう呟いた彼の背後には澄み切った青空が広がっていた。

突然ですが、こんばんは。長いお話にお付き合いくださりありがとうございます。

ある意味、ここで本編終了です。

カイの人物像、これからの3人の物語、佐藤さんのその後など、色々と想像したい方はこの先を読むのをお勧めしません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ