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80.10月9日、今日は雨

 昨晩は合計5回洞窟に潜り、3度王の間にたどり着き、2度討伐に成功した。

 シューコちゃんの扱いにも大分となれた。奇異な言動に対する野次にも。

 眠気に耐えられず、朝方に2~3時間の睡眠をとり、流し込むように朝食をとると、またゲームに向かう。


『10月9日、今日は雨』

『昨日から降りそうだったけど、とうとう降って来たよ』

『ここは雨の心配はないね』

『明日は月曜日だと思うと今から憂鬱だわー』

『そういえばカイってここから出入り出来るの?』

『私が出来たから出来るのかな。ここにはもういなかったりして?』

『あ、じゃあ、私まじで独り言だな』

『でも、そのほうがいいよね。こんなとこにずっと篭ってたら体に良くないよ』

『それとも、王様にはいいのかな』


 この日も、カイには会えなかった。

 何度潜っても王はカイじゃなかった。

 プレイヤーから私達は認識できなかったから、カイが王として現れることなどないと分かっていたけれど、それでも、諦め切れなかった。

 絶対に助けるなんて大口を叩いたけど、出来る事が無くて焦りばかりが募る。

 ただ、カイを1人にしちゃいけない。その一心で私は王に挑戦し続けた。



 我が家に修羅場が訪れたのは翌々日、火曜日の夕方のことだった。


『10月11日、今日は曇り時々雨』

『長い雨だよねえ。雨は嫌いじゃないけど、何日も続くと、母さんが発狂するから困るわ』


 この日、4度目の王の間でいつものようにカイにむけて発言していると、階下で騒ぐ声が聞こえた。

 修也の友達でも来てるのかな? と思ったけれど、どうも様子がおかしい。

 怒鳴り声と、それに応戦する修也の………ちょっと焦ったような怒ったような声。

 只ならぬ雰囲気を感じ、様子を伺おうと、ドアノブをまわす。

 ところが、ほんの数センチだけ、開けるつもりだった戸が、一気に開かれた。

 戸に頬をつけて体重を傾けていた私は、戸が開かれたその勢いで、廊下に転げ出そうになり、その前に何か硬いものに当たって止まる。

 混乱する私の耳に、地獄の使者もかくやという怒気まじりの低い声が届いた。


「てめえ、何やってんだよ」


 凍りついたように体が固まった。

 見慣れたネクタイに、ジャケット。顔を見なくても、誰かわかる。


「何やってんだって、聞いてんだよ!」


 びりびりと空気が震えたかと思った。

 顔を上げる事も無く、突っ立つ私の肩を、大きな掌が包んではがす。


「ちょっと、あんた! 姉ちゃんは寝込んでるっつってんだろ! 彼氏だか何だか知らねえけど、具合の悪い女の部屋に上がり込むなんて、何考えてんだよ!」


 修也が私と伊達の間に体を割り込ませようと頑張るが、体格の差も力の差も歴然としていた。


「ずっと潜ってやがったのか? ああ? そうなんだな?」


 俯き、視線を合わせようとしない私を、伊達はゆさぶる。


「そんなことしてどうしようってんだよ。どうなるってんだよ。このままずっと部屋にこもってやるつもりかよ! お前がそんなんじゃ、あいつのした事の意味がねえだろうが」

「おい! あんた、いい加減姉ちゃんを放せよ。ちょっと姉ちゃんも何か言ってやってよ。何なんだよこいつ」


 体格差にも怯まず、修也は果敢に伊達に食って掛かっていた。


「ごめん、修也。こいつは私の、その……友達だから。心配して来てくれただけだから、悪いんだけど、ちょっとお茶でも入れてきてくれるかな? 伊達、とりあえず部屋に入って」


 目を伏せたまま、口早に告げると、伊達は肩から手を離し、修也はしぶしぶといったていで階段を下りていった。「うちの壁薄いから。何かあったらすぐに飛んでくるからな!」と伊達を睨みつけてから。

 ちょっと前まで私の後をついて回っているだけの子供だったのに、随分と逞しくなった。とこんな時なのに感慨を覚えてしまう。

 部屋に招き入れると、伊達はさっきまでの威勢が嘘のように、小さくなって落ち着き無く視線を彷徨わせ、つけっ放しだったROの画面を見るや、また眦を吊り上げた。


「やっぱりか」

「………ごめん」


 伊達がため息を吐く音が聞こえる。


「1人でやるなっつったろ。焦って、煮詰まるのは目に見えてんだからよ」

「………ごめん」

「ずっと洞窟にへばりついてたのか?」

「………何かしてないと落ち着かなくて、少しでもROから離れちゃうと、変なことばっかり考えちゃって」


 眠ると、洞窟に1人で佇むカイの夢を見る。

 金色の目に宿した光を、段々と濁らしていくカイの夢を。


「まず、一つ言わせてくれ。カイがROに残る事になったのはお前のせいじゃない。お前が無窮の王だったのもお前のせいじゃねえんだからな」


 「でも」と言いかけた唇を噛み締め、私はパジャマの裾を握り締めた。


「二つ目に、お前のやってることが無意味だとは言わねえけど、もうカイが脱出してる可能性だってある。気持ちは分からんでもないが、もっと他の方法を考えるべきだ。それから、三つ目、学校には来い。自分の生活を保った上で、カイのために出来る事をやれ」


 うん、と小さく頷くと、伊達がまた、そわそわと挙動不審になる。

 どうしたのかと気になって、私はこの日、初めて顔を上げて、まともに伊達の顔を見た。


「最後に………外に出てるから、服を着替えてくれ」


 赤い顔をした伊達が、心底困り果てたように呟いた。

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