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74.いいえ、初耳です

「斉藤だって……ははは……はは―――――まじで!?」


 慌しく消えた斉藤と佐藤さんが起こしたさざ波がおさまり、たっぷりイナバを一匹始末出来るほどの時間を経てから、私は骨が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「……おい、大丈夫かよ」

「大丈夫じゃない」


 幽霊なんて枯れ尾花だと思っていたのに、実在するんだとしたら、明日からどうやって暮らしていけばいいの!? だって、着替えをしているその後ろにも、ゆったりつかりたい浴槽の中にも、トイレで用を足しているその横にも、幽霊がいるかもしれないんだよ!

 一気にまくし立てると「大丈夫そうだな」と伊達は息をついた。

 いや、だから大丈夫じゃないってば。


「斉藤なあ……、いや、俺はもう何がおこっても驚かねえよ。ここにこうやっていること事態が、今まで信じてきた常識を根底からひっくり返すようなもんなんだからよ。けど、佐藤さんの単なる勘違いって事もあるかもしれねえしなあ、おい、そう思っとけよ」


 確かに、ロクは斉藤のサの字も出さなかったけれど、さっきの二人の意味深なやり取りは、単なる佐藤さんの勘違いで済ますのは難しくないか!?

 頭を抱えてへたり込む私のその手を背後から誰かがつついた。


「ひいっ」


 思わず悲鳴がもれる。


「ごめん、俺だけど………」


 何とも言えない安心感と、何とも形容のし難い落ち着かない気分を与える、聞きなれたカイの声に、私は反り返るようにして後ろに立つ彼の顔を見上げた。


「………驚かさないでよ」

「うん、ごめん。それで、斉藤ってだれ」


 あ、そっか。カイはタスクさんの話を知らないんだ。私は重い腰を上げると、服についた泥をはたきながら、カイに説明した。

 タスクさんの正体と、別れ際に聞いた話を。


「―――――ふうん、ロクが噂の死んだ同僚かもしれないって?」


 そうそう。変な話だが、その噂もロク本人の口から聞いたんだけどね。


「やっぱり、ロクは斉藤だったのかな………。カイはどう思う? やっぱり幽霊だったのかな? でもどうして彷徨いでてきちゃったんだろう。こっここここここっこういうのって、やっぱ、成仏出来ずに寂しくて仲間を……ぎゃー! 私、明日からどうやって夜のトイレに行けばいいの」

「お前、それ心配するとこがちょっとずれてる」


 ぱにくる私を呆れた目で見る、伊達のその冷静さが解せん!


「ロクがその斉藤って奴だったとしても、黄泉の旅路の道連れ探しとは、違うんじゃないの」

「どうしてよ」


 解せない神経を持つ男その2の言葉に突っ込むと、カイはふうと息を吐く。


「タスクさんが生還してる」


 あ。


「確認してないけど、多分、リカさんも、佐藤さんも今頃、目が覚めてるんじゃないのかな」


 もっとも、ロクが斉藤という保証も、斉藤が黒幕だという確証もないけれど。とカイは付け足した。

 そう、何も確証はない。けど、佐藤さんはロクが斉藤だと確信を持っていたように思う。そして彼を信じて泉に飛び込んだ。あれ? そういえば佐藤さん、「君の案に乗る」とか「必ず助ける」とか言ってたよね。自分は泉に入れば助かると、そう信じて飛び込んだはずなのに? 必ず助かるから君たちも早く潜れってんなら分かるけど、何故佐藤さんは………。


「それで、お前ら、どうすんの?」

「はい?」


 唐突に駆けられた言葉に、思考を中断して顔を上げる。どーするもなにも、


「帰るよ、勿論」


 伊達の問いに答えたのはカイだった。


「でも、あんたが先に行ったら。ロクのご指名だったし。それともロップヤーンに戻って確かめてみてからでないと怖い?」


 どこからどう聞いても喧嘩を売っているようにしか聞こえない台詞をそうとは思えない静かな声で言い放つカイ。

 伊達は一瞬、むっとした顔を見せたが、すぐにカイから視線を逸らした。


「お前、どうする。俺はお袋にこれ以上心配かけらんねえし、一刻も早く帰りてえんだが……。お前、一緒に潜るか? それとも確かめに行くか?」


 伊達に真っ直ぐに見詰められて、私は口ごもってしまった。

 私も早く帰りたい。確証はなくとも泉はゴールなのだろうと、佐藤さんやカイ同様、私もそう思う。でも―――――。


「あんた先に潜ってよ。この人は俺が連れて行くから」


 私は、弾かれたように顔を上げて、小豆色の隣の人を見た。


「は? お前に聞いてねえんだけど」


 伊達がカイを睨みつける。


「俺はこいつに―――って、はあ!?」


 伊達の言葉が切れたのは、カイが私の肩に腕を回したからに他ならなかった。

 驚き硬直する私の体を、カイは強引に引き寄せて、頭のてっぺんに口付けるように顔を寄せる。


「ここに来た時、最初は二人きりだったんだ。分かるでしょ。気を利かせてくれないか?」

「おま、おまえら、何時の間に………いや、そりゃ、中身は女だろうけどよ、今はそれだぞ!?」


 伊達の混乱はもっともだ。

 つか私が一番わけが分からない。まじで、何時の間におホモ達に!?


「入れものなんて関係ないでしょう」


 うおおおおおお、言い切ったね。いや、大人だね、つか、しつこいようですが、何時の間にそうなったんですか、私達は?


「あー、そうか。いや、気付かなくて悪かったな。いや、うん、趣味は人それぞれだしな。蓼食う虫も何とやらだしな、いや、なんつーか、その、驚いたっつーか、ちょっとショックだけどよ。まあ、そういう事なら積もる話もあるだろうし、俺は先に行くわ」


 ええええええ、別に積もる話なんかないんだけど。

 伊達以上の驚きと混乱で目を回している私をどう解釈したのか、伊達は泉に入りながら装備を脱ぎ出した。その背中が少し哀愁を帯びているのは、親友だと思っていた私の意外な恋話を、いきなり告げられたからだろうか。

 まあ、私も初耳な話なんだけど。

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