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67.幽霊はどっち?

「たっだいまあ」


 歩きながらリカ姉さんが無邪気に………いや、邪気たっぷりに微笑んだ。


「あんた達早かったのねえ。私達が一番だと思ったのに」


 噴水の縁に座り込む私達の前に来ると、リカ姉さんは仁王立ちして、にまにまと私と伊達の顔を交互に見る。何か言おうと口を開きかけ、ふと真顔に戻った。


「あら? タスクは?」


 顔が強張る。

 訝しげに眉を顰めたリカ姉さんの体をヒューマンの冒険者が通り抜けた。


「ああ、もうっ。こいつら邪魔ね……急にこいつらが見えるようになったのと、タスクがいないの。何か関係あるわけ?」

「ホデリにコアトールが出たんです。タスクさんは俺たちを助けるために囮になって………。こいつらが現れた事との関係は分かりませんが」


 呟くような伊達の告白にリカ姉さんは息を呑んだ。


「――――そう、タスクは死んだのね」

「恐らく」


 しんと沈黙が降りる。

 タスクさんの死を悼むように、皆そっと目を伏せた。

 死んだ。そう、タスクさんは死んだんだ。

 悲しみと苦しみが胸を占めると同時に良いよう無い寒気が背筋を這う。ROでの死は現実の体にどんな影響を及ぼすのだろう。現実の体も死ぬの? それとも抜け殻のように体だけが生きているのだろか?

 ぶるりと身ぶるいした時、静かな声が頭上に落とされた。


「………あんたは……あんたもコアトールにやられたのか?」


 顔を上げると、暗赤色の目が真っ直ぐに私を見ていた。


「あ、うん。その、ホデリを脱出する間際に毒霧を吸い込んじゃって、動けなくなってたのを伊達がここまで背負ってくれたの」

「薬も自力で飲めないほどに弱ったの?」

「……うん、全く体が動かなくて」

「そう」


 そう呟いたカイの目が一瞬、細められてどきっとする。まるで何かを咎めるようなその表情に、自分の間抜けさを非難されたような気がした。


『じゃあ、久遠の洞窟に挑戦しますか?』


 え?

 突然聞こえた声に私は立ち上がり、慌てて辺りを見回した。

 すっかり実体めいた冒険者達がせわしなく行きかっているだけで、佐藤さんもロクの姿も見えない。

今のは誰の発言?

 接続詞がどう結びつくのか首を捻るしかない今の言葉は一体だれが?


『明日仕事なんで、この辺で』


 はい?

 毒のせいで幻聴が? と耳を疑ったが、カイもリカさんも伊達も、皆一様に面食らった表情を見せていた。


『おつー』

『お疲れ様』


 ばっとカイの背後に視線を向ける。

 薄いピンク色のおかっぱ頭のリョースが手を振り、少し遅れて、弓を背負ったヒューマンと、杖を持ったヒューマンが同じ動作をする。

 それは今の会話にぴったりの分かれの様子だった。

 目を丸くして三人を見ていると、リョースが蒸発したようにどろんと消える。


『どうします?』

『自分もそろそろ落ちます』

『了解。ではまたね』

『またです』 


 弓を背負ったヒューマンが続いて消え、杖を持ったヒューマンは、1人で橋を渡って行った。


「これ………」

「プレイヤー………か?」


 私は絶句した。伊達の声もひどく掠れている。


「驚いたわね。こいつら皆、通常通りROをプレイしてるってわけ」


 ごくりと喉が鳴る。


「―――誰か!? 誰か、聞こえますか!? 私、オクトといいます。ヒューマンでプレイしています。噴水前に仲間と居ますが、私の声、聞こえますか?……じゃないや、私の発言見えますか? 姿は見えますか?」


 思わず叫んでいた。

 私の声に反応してくれる人がいないか、首を伸ばして見て回るが、誰もこちらへ目も向けない。


「レベル99のヤクシャが超レアアイテムをプレゼント! 噴水前で待ってます。目印は蝶ネクタイ! 今ならマサムネもつけちゃいます!」


 発言の仕方が悪かったのかと、言い方を変えて見る。


「………おい」


 伊達が低い声を出すが、無視だ、無視。


「あ」


 尻尾を揺らしてこちらに駆けてくるシュージュを見つけ、私は期待を抱いて待った。が、小さなシュージュは私の体をすり抜けて、門へと走り去ってしまう。


「駄目みたねえ」


 リカ姉さんが息を吐いた。


「んだよ、こいつら。使えねえな」


 悪態をついて、噴水の横で誰かを待っている風のギガスにデコピンをする伊達。当然、指はギガスの体をすり抜ける。


「今、何時だ?」


 カイがぽそりと呟いた。


「あ?」


 頬をつねろうとしたり、頭突きを試みたりと、哀れなギガスに八つ当たりを続けていた伊達が怪訝な声を上げる。


「明日は仕事で、もう落ちると、――――今は、8日土曜日の17時前後のはずなのに」


 私ははっとした。

 日曜に仕事がある人は一定数いる。明日が仕事でも何も不思議は無い。けれど、明日の仕事の為に、夕方から落ちる人がいるだろうか。日付が変わってすぐに仕事が始まるのかもしれない。でも、今の会話は、夜遅くに交わされものだと思ったほうがぴったり来る。

 時間の流れがおかしい。

 私はカイの顔を見上げた。


「ボードだ!」


 はい?

 カイは身を翻して駆け出す。

 え、あの、ちょっと…………ボードって何?

 見る見る遠ざかる背中を呆然と眺めていると、肩を勢いよく叩かれる。


「何ぼさっとしてんだ。おら、行くぞ! ボードを見によ」


 伊達に手首を捕まれ後手に引っ張られる。

 だから、ボードってなに? 雪山にでも行くの?

 後ろ向きに走らされ、急ぐ気のないリカ姉さんが、しゃなりしゃなりと後をついてくる姿を見ながら、首をかしげたのだった。

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