66.やっぱり青少年は悩む
これは拙い。死んだと思われて放置されたら本当に死ぬ。
気力を振り絞って指の一本でも、瞼でも、動かそうと試みるが、体はぴくりとも動かない。
ど、どどどどどどどどどどどどどどど、どうしよう!?
苦しさと恐怖に苛まれて泣きそうだったが、悲しいかな、涙を流す事も出来なかった。
「くそおおおおおお!」
人形のように地面に横たわる私の頭のすぐ横に、伊達が顔を突っ伏した。
さらりと地に零れる青い髪。きつい色合いだけど、細くなめらかで、絹糸のように光沢がある。これの黒髪バージョンなら違和感なく楽しめたのに、と見つめていると、絹糸が数本、かすかに揺れた。
途端に伊達ががばりと身を起こし、髪を押さえた。
「……今、髪に?」
私ははっとした。
息だ。私の息があたったんだ。
気付いて、気付いて。
祈る私をまじまじと見詰めたあと、伊達は口元に手を伸ばした。
「生きてる……のか?」
掌に吐き出された呼気が当たったのだろう。伊達の表情がぱっと輝く。
「生きてるんだな!?」
気付いてもらえた! そうそう、その通り、生きてます! ナイスだ伊達―――――――うええええ、気持ち悪いしんどい、もう駄目。
諸手を上げて喜んだのも束の間、すぐに死にたくなる程の苦しみが襲う。
ぐったりとしたままの私の体を、伊達がそっと持ち上げた。
体が揺れて吐き気が強くなる。
うえっ、ちょっとたんま。
声にならない声が伝わるはずもなく、伊達は私の腕を引っ張ると、背に担ぎ上げた。
「頑張れ! 頑張れよ!」
うえっ、うえええええ、頑張り、うえええええ、ます、おえええ。
リョースの伊達よりも重量がありそうなオクトを背負い、伊達は駆け出した。
一歩駆けるたびにぐらぐらと頭も視界も気持ちも揺らぐ。
お、降ろして、静かにさせてえええええ。
頑張りますと思った一拍前の気持ちなどすぐに吹き飛んだが、泣き言を口にだす事も出来ない。
死ぬ、死ぬ、もう死ぬ。もう駄目。もう無理。
後ろ向きな思考が吐き気と共に頭の中をぐるぐると回る。弱音を口に出来ないくらい弱っていて良かった。死にそう、死にそうだと思いながらも、気付いた時には生きたまま、噴水の広場へと戻ってきていた。
「リカさん! リカさん!」
伊達が必死にリカさんの名を呼ぶ。
「戻ってねえのか」
伊達は私を背から降ろすと、噴水の縁に寝かせる。
背に当たる冷たいはずの石の感触が、やけに温かく感じた。
「待ってろ、すぐに薬持ってくるから」
伊達は私に声をかけると、すぐに橋を渡り街中へと消える。
変わらずに襲う苦しさから気をそらすべく、他の事を考えようと試みるが、今敵が来たらアウトだなーとか、体が傾いて噴水に落ちたらアウトだなーとか、ネガティブな発想しか出てこない。そうでなくても、オクトの体はもう限界な気がする。段々と目が霞んできた。伊達が帰るまで持ちこたえられのかな。戻ったときにはもう………そんな風に考え始めた時、目の前に打ち下ろされた拳が脳裏に浮かんだ。戻った時に私が事切れていたら、伊達はまた叫ぶのだろうか。胸が張り裂けるようなあの声で―――――。
駄目だ駄目だ。弱気は損気。病は気から。
あんな慟哭はもうたくさんだ。
伊達が戻るまで絶対に生きててやる!
と、気を強く持った私の横を、すっと何かが通り過ぎた。それを皮切りに、首も目も動かす事が出来ない私の視界の端に次から次へと映り込んだものは、思い思いの装備に身を包んだ、ヤクシャやリョースやヒューマンといった冒険者の幻だった。体に景色を透けさせて、幽霊のように辺りを歩き回っている。
やばい。ひょっとしてお迎えだろうか? ROではご先祖様ではなくて、ヤクシャが迎えに来るのか? どうせならシュージュがいいなあ、等と考えていると、目の前に禍々しいまでに赤い液体が差し出された。
伊達だった。
「持ってきたぞ! 生きてるか? 生きてるな!?」
良かった。持ちこたえられた。生きてます! 生きてますよ!
うええええ。今にも死にそうだけど。
「ほら、薬だ飲め」
揺れる液体を見て、困惑した。どこもかしこも動かせないのにどうやって飲めと。
「……飲めねえか……仕方ねえ。我慢しろよ、お互い様だからな!」
伊達はその場に跪き、私の頭を持ち上げる。
と、赤い液体の入ったビンを傾けた―――――自分の口元に。
え? 伊達が飲むの?
悶えながら内心で首を捻った疑問はすぐに解消された。
超絶に整った顔が間近に迫ったのだ。
え? え? ちょっ、まっ。
うろたえる(死んだように動かないので傍からはそうは見えないだろうけど)私の唇に伊達のそれが重なる。
柔らかいものが唇を割ったかと思うと、すぐに生暖かい液体が流れ込んできた。
うっ―――――――ええええええええええ。
複雑だった。
複雑すぎた。
ファーストキスの相手がチャラ男だってだけでも充分に複雑な気持ちにさせるのに、相手は絶世の美貌を持つリョースの姿(♂)で、私はといえば胸筋が自慢のヒューマン(やっぱり♂)の姿なわけで、もう動揺する以外にどうしろっての。
ただただ呆然として昨日を停止する頭とは裏腹に、体は正直に薬を欲し、喉がこくこくと鳴る。
伊達の唇が離れてほっとしていると、すかさず第二段を飲まされた。
セカンドキス来たーーーーーー。
さらに駄目押しのサード来た………。
ああ、くそ、もうなるようになれ。
ここまで来ると人間、開き直れるものである。
チャラ男の体も私の体も実体ではない。さらにこれは医療行為。そう、これは、数には入らない! って事にしとこう。
「どうだ?」
そう思い込もうとしたけど、複雑です。
「顔色は戻ったな。おい、聞こえるか?」
「聞こえる」
頬を軽く叩かれて、返事をすると、伊達がほっと息を吐いた。
「効いたんなら、早く言え。心配させんな馬鹿」
「ごめん」
でもやっぱり複雑なんです。
「起き上がれるか?」
伊達が肩を抱いて私の体を起こす。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
複雑ですが。
「どっかおかしいところは?」
ないみたい……と言おうとして私はぽかんとして口を開けた。
「どうした? どっか痛むのか?」
「体はもう何ともない……けど……幻覚が、消えないんだけど……」
体を起こした私の目の前を、冒険者然とした格好の人々が歩き回っていた。
しかもさっき見たときは、透明で、輪郭もあやふやでおぼろげな、蜃気楼のような存在であったのに、今でははっきりと色がついている。
「安心しろ、幻覚じゃねえ」
「NPC?」
口に出して呟いてみたものの、違うだろうという確信があった。
彼らはNPCではない。NPCではありえない様々な様式の服装に身を包み、NPCではありえない広範囲を移動している。つまり、一名で、または数名でつれたって、街から外へと出ていたのだ。
「どうなってんの?」
「わかんねえ、薬を調達に行ってた時から見えるようになりやがった。あ、話しかけても無視だからな。俺達のことを認識してねえみたいだ」
試しに近くを通ったシュージュの尻尾を掴もうと手を伸ばした。ところが指は尻尾をすり抜けていく。半ズボンを穿いた、ショタにはたまらないだろう可愛らしいシュージュは何事もなく小走りに駆けて行き、リョースと合流して門を潜った。
指を見詰めて呆然とする。
「実体がない」
「みてえだな。しかし、一段とはっきりしたな。もう俺達と殆ど見分けがつかねえ」と伊達は髪をかきむしり呻いた。
広場の周りを囲むように立てられた街灯の前を、鎚のような巨大な武器を肩にかついだギガスが通り過ぎる。その後ろから暗赤色の髪と、ワインレッドのミニドレスに身を包んだ二人のプレイヤーの姿が現れた。
1人は無表情で突っ立ち。
もう1人はにんまりと笑顔を浮かべている。
「カイとリカさんじゃねえか………まじで見分けつかねえな」
伊達が呟いた。
うん、全くつかないね。で、二人はいつから混じってたんだろう?