63.アンラッキーボーイ
「おい、どうしたんだよ」
伊達の服をつかんだ指に力が入る。
「ううん、なんでもない」
私は首を振った。
タスクさんがROの関係者だなんて、証拠も確証もない。
「行こう」
足を動かすと、伊達は何も言わずについて来た。
タスクさんがROの関係者で、佐藤さんもそう。佐藤さんとカイはネ……じゃなかった、佐藤さんの身元を知る程度には知り合いで、これは、ひょっとして、
禁断の三角関係!?
―――――いやいやいやいやいや。
私は考えを吹き飛ばすように頭を振った。
どうもさっきのカイ×佐藤さん(もしくは佐藤さん×カイ)な妄想が抜け切らない。
カイと佐藤さんはともかく、噴水前での会話から察するに、タスクさんは妻帯者らしいし、それはない、うん、ないない。ちっ。
佐藤さんとタスクさん、カイと佐藤さんにそれぞれ接点がある。
鍵はひょっとして佐藤さんなのではないだろうか。
本人同士が気付いていないだけで、伊達も佐藤さんと何らからの関係があって、もちろん私も佐藤さんと知り合いで………。
「うーーーーーーーーーーーーん」
しかし、いくら考えてみてもゲーム会社にご就職の成人男性に知り合いはいない。
従兄弟の大輝兄さん? いや、彼は確か趣味が高じてバイク店に勤務だったし、あ! 母の弟のお嫁さんの弟は……某ゼネコンだった。
やっぱり該当する人は見当たらない。そもそも知り合いに「佐藤」は小学3、4年生の時にクラスメイトだった彩ちゃん(兄弟なし)しかいなかった。
「ねえ、伊達。あんたの親戚とか知り合いに、佐藤って人いない?」
「はあ?」
伊達はすっとんきょうな声を上げた。
「お前、さっきから1人でにやついたり、舌打ちしたり、唸ったりしてると思ったら、いきなりなんだよ」
あらいやだ。全部表に出ていたなんて。
「佐藤も、カイも、ロクも、リカも、タスクも、お前も、同名の知り合いはいねえよ。――――落ち着いたんなら、いい加減にそれを放せ」
顎で示された先を見れば、オクトの手とその中に握られた服の端が目に入る。
「あ、ごめん」
ぱっと手を放すと、服は見事によれよれになっていた。
「で? 何をどうこねくりまわして、んな結論になったんだ?」
「あー、うん、まあ、色々と」
もごもごと口ごもる。
伊達は私の頭を小突いた。
「憶測でも思いつきでもいいから話してみろよ。誰にも言うなってんなら絶対言わねえし。一緒に悩むぐらいは出来るぞ」
「伊達…………」
私は青い髪をサイドに垂らした絶世の美貌を見て息を吐いた。
「あんたって、馬鹿だけど、時々でっかいよねえ」
伊達が片方の眉を上げて睨む。
「馬鹿と時々は余計だ、バーカ」
私はにっと笑みを浮かべた。
「馬鹿っていうほうが馬鹿なんです」
小学生のような会話が、何だか嬉しい。
「俺は2回しか言ってねえけど、お前は3回だ。つまりお前のほうが馬鹿だ」
ぱちりと目を瞬いて見詰め合った後、私はお腹を抱えて盛大に噴出した。
「あー、もう、お腹痛い。前言撤回する。やっぱ只の馬鹿だわ」
ひいひいと笑い転げていると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた伊達の口元が緩む。「笑いすぎなんだよ」と悪態を吐きながら伊達も笑い出した。
そんな馬鹿らしくて優しい空気をタスクさんの声が切り裂いた。
―――――逃げろーーーーーーー!!
「走れ、早く走ってここを出るんだ!!」
喉を焼き切るような絶叫が空気をふるわせる。
お腹を抱えながらタスクさんの方を見た私は絶句した。
プテラノドンを思わせる馬鹿でかい鳥が紫色の霧を撒き散らして、鋭い鉤爪をタスクさんに向けていた。
コアトールだ。
レベル99のカイが余裕を失う、魔獣使いに降されていない野生のコアトール。
そして、あの霧は………どう考えても全体攻撃ですよねえ!?