61.しょっぱいサトウ
ホデリ山は本当にロップヤーンの側近くにあった。
最初にこの街に来た時や、夜にカイと抜け出した時に、私はホデリ山を目にしていた。
山といようより、こんもりとした森と言ったほうがしっくりくるそこは、マップ全体が、檻のような濃い緑に覆われているという。入り口でさえ、大きな岩の後ろから、岩を覆うようにせり出した樹木の下に出来た小さな空間で、注意して見ないと入り口だとは気付かない。というより、はっきりいってここに入り口があると知っていないと到底気付けないだろう。
中に入れば、木と蔦と緑の葉と毒々しい紫の花が生い茂る谷間を小さな小川が流れ、いたるところに巨岩がごろごろと転がっている。赤道直下の密林と山深い日本の沢を彷彿とさせる、不思議な光景のダンジョンだ。
「なあ、お前、佐藤さんの事どう思う?」
伊達が頭の後ろで腕を組みながら、小さな声でそう尋ねてきたのは、ホデリ山を登り始めてしばらく経った頃だった。
数メートル先にはタスクさんの背中が木々の葉の合間に見え隠れしている。
どうして、タスクさんだけが数メートル前方を歩き、私と伊達は少し離れてついていくなどというフォーメーションになったかというと、カイがタスクさんに進言したからだ。と思っている。
分かれて出発するその寸前、カイはタスクさんを捕まえて二言三言、言葉を交わしていた。恐らく、私の特質―――敵の的にはならないが、敵の攻撃は有効―――を伝えたのだろう。
先鋒を務めるタスクさんが全ての敵を殲滅していき、伊達は万が一に供えて、私の横に待機。
私は敵が掃除されたその道を、後からついていくだけ。という王様待遇だ。
そこまでしてもらわなくても……と申し訳なく思っていたら、タスクさんは「ここいらの敵は一撃で倒せるからストレス解消にもってこいなんだよ。上司もこんなふうに一撃で退治できたらすっきりするだろうなあ……」と物騒な本音まじりに明るく笑った。
そのタスクさんに聞こえないように、伊達は声を落としたのだろうと容易に想像できたが、なぜ、タスクさんに聞かせたくないかまでは分からなかった。
「佐藤さんが、どうしたの?」
どう思うかと聞かれたら、落ちそうなほっぺがたまらん! とか、あの耳を触って握り締めて、あまつさえ齧ってみたいとか、尻尾の根元から先っぽまで何度も指を這わせたいとか、変態ちっくな所感しかないので困る。
「昨日の佐藤さんの態度だよ。おかしかったろ?」
「あー」と私は曖昧な声を出した。
昨日の佐藤さんの奇行といえば、何もない場所にしきりに指をやる事だが、それを問題視しての発言とは思えない。
「ロクにマジ切れしてたこと?」
私は昨日の様子を思い出そうと、うーんと唸りながら答えた。
あとは、解散後にカイと言い争っていた事。ぐらいしか、心当たりがない。
「そう、それだよ。えらくムキになってたと思わねえか?」
「うーん、オカルト話が嫌いな人………なんじゃないの?」
オカルト話は好き嫌いがきっぱり分かれる話題だと思う。
「嫌いも何も、今のこの状況がオカルトそのものじゃねえかよ」
確かに言われてみればその通りだ。
私も幽霊の正体は枯れ尾花であるに違いないとはなから信じているタチの人間だが、今ならラップ音は家鳴りとは関係ない! 金縛りは脳が目覚めている状態とは違うんだ! と力説されればうっかり信じてしまうかもしれない。
「お前には言い辛いんだけどよ、カイの態度もひっかかるんだよなあ」
カイが? というか、カイの事だとどうして私には言い辛いのだろうか。
しかし、これには首を捻るしかない。
昨日のカイの何がひっかかった?
カイの事はおいといて、先に左藤さんの事だけどよ、と伊達は何かを考えるような神妙な顔をした。
「佐藤さんってさ、このゲームの関係者じゃねえかと思うんだよな。それも、多分、開発の1人」
私は立ち止まって伊達の横顔を見上げた。
「佐藤さんが―――――開発」
伊達の言葉は脳内を一周して、それでも吸収されずに、消化不良で口から吐き出された。
伊達は前を向いたまま、芝居めいた口調で呟く。
「自分が手掛けたゲームを滅茶苦茶にしたいと願う開発がいるものか!」
その台詞は聞いた覚えがある。
「昨日、佐藤さん言ってたろ。随分と実感の篭った言葉だと思わねか」
ふいに頭の中で佐藤さんの声が響いた。
『オクト君、キャラ作成時に、他の種族見なかったんだね……。キャラの外見には結構力が入ってるんだけどな』
あれは何時言われたんだっけ。
プレイして、遊んでいるだけのゲームに対して、随分入れ込んでいるんだなと気にもとめなかったけれど、本当に自分が、もしくは自分の同僚が、開発スタッフが、力を入れていたんだとしたら?
「でも、でも、佐藤さんが開発の1人なら、どうして何も言ってくれないの? 開発なら、私達が知らない情報も知ってるだろうし、それが突破口になるかもしれないじゃない」
そうだ、黙っている意味が分からない。
伊達がゆっくりと私を見る。
「お前さ、もしもロクがROの開発の1人だったら、どうする?」
「え?」
ロクがROの開発? この訳の分からない事態を引き起こしたゲームを作った人物? だとしたら、私は、
「…………とりあえず殴る」
「だろ?」
「いや、でもそれはロクが開発であった場合であって、佐藤さんがもしそうでも……そりゃあ、ちょっと驚くけど、別に殴ったり責めたりしないよ? まさか佐藤さんが仕組んだわけじゃないだろうし」
自由気侭に自分勝手な行動をとり、挙句さんざん苦労させられたロク相手だから怒りも沸くんであって、私と同様に、今の状況に驚き、困惑し、解決しようと頑張っている佐藤さんをどうして責められようか。
「まあなあ。開発だとしても、こんな事態を自分の意思で自由に引き起こせるような能力もってたら、会社勤めなんてしてねえよな」
そんな力があれば、私なら世界征服を夢見て――――めんどくさくなって、夢に見るだけで満足して終わるかもしれない。
「でもよ、皆が皆そう思うとは限らねえだろうが。責任を追求したり、悪意を抱く奴がいるかもしれねえ。だから」
「だから?」
「あん時、取り乱した佐藤さんをカイが止めた………つうより、庇ったんじゃねえかって思うわけよ。佐藤さんがROの関係者だとばれねえようにな」