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59.青少年は悩む

「……えーと?……」


 何だか果てしなくかみ合っていない気がする。けど今は、


「とにかく、薬を飲もう。このままだとうまく飲めないでしょ。むせたら傷に響くよ。なるべく痛くないようにするから。体の力を抜いてて」


 もうカイは抵抗しなかった。

 栓を開けたビンを地面の上に置き、両手でそっとカイの体を起こす。

 素早く後ろに回りこんで、カイの背中に私の胸筋を押し当てた。

 左手で肩を支え、右手でビンを手に取ると、カイの唇に押し当てる。

 ゆっくりと、こぼさないように、ビンを傾ける。カイの喉がこくりと鳴った。

 最後の一滴を飲み干すと、カイは敵に対峙したどんな時よりも素早い動きで起き上がった。

 呆気に取られる私の横にあった袋をつかんで持ち上げ、今カイが飲み干したのと同じ水色の液体が入ったビンをぐいっと私の手に押し付けた。何故か目一杯顔を逸らして。

 私はビンをきょとんとして見た。

 これを、どうしろと?


「もう一本、飲まして欲しい……とか?」


 我ながらおかしな解釈だったと思う。でも薬を巡る一連のカイの不思議な挙動をうけて、私の頭は混乱状態だったのだ。


「違う!」


 だよねえ。

 じゃあ、なんだろう? と視線をビンからカイへと移すと、こちらを向いていたカイと目が合う。

 見る間にカイの顔が、赤く染まっていった。それはもう、タコもびっくりするぐらい。


「カイ? 大丈夫? まさかこの薬……アルコールだとか」

「違うから」


 カイは顔を隠すように掌で覆った。


「早く飲んで。手、怪我してるでしょ」

「手?」


 言われて手を見た瞬間、さあっと血の気が引いた。


「ぎゃー。何これ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 手の甲や腕に付けられた無数の切り傷が、その存在を主張するように一気に痛み出す。


「いーやー。小指のこの白いの何!?」

「骨だと思う」


 その言葉で痛みが倍になった。


「っっっっっ!? いったあああああああ」

「早く、それ飲んで」


 痛みに喘ぐ私を見て、いつのまにか元の不健康そうなヤクシャの顔色を取り戻していたカイはふと思案顔になった後、ふんと不敵に笑う。


「――――飲めないなら飲ませてあげようか? あんたの飲ませ方とは違うかもしれないけど」


 言葉の端々に妙に棘を感じる。

 いつにも増して、冷たい声音を浴びせられて、私はむっとした。


「飲めますよ! 自分でね。誰かさんと違って苦くても平気ですから」


 怒りは痛みを軽減する。

 私はビンの蓋を引っ掴むと、すぽんと開けて、一気に中身をあおった。


「まっず……」


 絵の具を溶かしたような色だとは思っていたけれど、本当に絵の具を水に溶かしたらこんな味になるんじゃないだろうかと思わせる味だった。


「あれ? 治ってる」


 口を拭って、痛みが消えているのに気付く。

 手には傷跡一つ残っていない。


「便利だねえ」

「そうだな……それはそうと、一つ、あんたについて分かった」

「え?」

「敵に認識はされないけど、敵の攻撃は有効。つまり誰かの巻き添えをくうと今みたいにあんたも危なくなる」

「……なるほど」


 なんてこったい。オクト最強伝説がまた一つ欠けてしまったじゃないか。


「全体攻撃を使ってくる敵が出たら拙い。日中のホデリの敵は本当に弱いけど、明日は充分注意して」


 らじゃーです!


「じゃあ、さっさと用事を済ませて帰るよ」


 カイは篭手の中から短冊状の紙切れを取り出した。

 ぐねぐねと曲がりくねった文字が書かれたそれは、魔除けの札のようにも見える。

 どうする気なのかと眺めていると、カイは札を光る円柱に貼り付けた。すると円柱が札と共に音もなく消えた。

 うーん、分からないことだらけだ。

 4体の敵が出てくる前は円柱の光に実体はなかったようなのに、今は札を貼り付けられるなんて。RPGにありがちなややこしい仕掛けや手順があるのだろうけど。

 カイは空中に浮いたドロップ型の黒い粒を掴むと、それを掌で転がして振り返った。


「行こう」

「うん」



 私は相も変わらずショートソードをぶつけながら木の根を潜り抜ける。シルクハットはずたずたのぼろぼろで使い物にならなくなっていたから、もう被っていない。

 今や紳士装備は首に巻いた蝶ネクタイのみだ。…………ちょっと寂しくて、すごく嬉しい。

 イーシェに照らされた草原と、鈍色の虎徹の鬣が、根の向こうに見えた時、私は臍を噛んだ。

 そういえば、帰りは歩くって言っちゃったっけ。

 カイに大人しく薬を飲ませる為とは言え、余計な事を口走ったものだ。


「ねえ、カイ」

「なに」

「帰りはやっぱり、歩いて帰らなきゃ駄目?」


 カイが振り返る。

 さっぱり分からないという顔をして。


「どうして?」

「だって、この姿で触れ合うのは抵抗があるんでしょ? カイがマッチョマンと肌を合わせるのがそんなに嫌だったなんて知らなくて、ごめんね」

「…………変な言い方しないでくれない。それに、別に虎徹に一緒に乗るぐらいなんとも思ってない。その話はもう忘れて」


 カイは目を伏せると、疲れたようにため息をついた。

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