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58.嘘です、愚弟相手だと容赦も思いやりもないです

 手の甲に火を押し付けられたような痛みが幾度も走る。

 私は奥歯を噛み締めて声を殺した。

 額に落ちる血の量が増えた。

 手の甲から腕にかけて段々と冷たくなっていく。

 ガラスが砕けるような音、風が逆巻く音、時折漏れるカイの苦しげな息使いの音。

 目を覆うカイの掌の温かさだけが心を支えてくれた。

 全ての音が段々と遠ざかっていき、辺りが静かになると、ふいに薄い光が目に入り込んだ。

 カイの掌がそっと離れていく。

 手の影が退くと、カイの赤い顔が――――


「ッッッッッギャ………フゴゴゴゴ」


 喉を破りそうな叫び声は、素早く押し当てられたカイの掌によって押し戻された。

 カイは、むき出しになっていたあらゆるところから、これでもかと言うほど、流血しまくっていた。

 心臓がばくばくと音を立てる。視界が開けたと思ったら、目の前にいきなり血まみれスプラッタな顔面が迫っていたのだ。かなり心筋によろしくない。


「うーうーうー!!」


 驚きが過ぎ去ると、私は必死に抗議の声をあげた。鼻まで塞がれたら息が出来ないんだけど!


「落ち着いた? 叫ばないでよ、お願いだから」


 かなり容赦のない力で塞がれていたと思う。

 落ち着きを取り戻したというよりは酸欠でぐったりとして、私が大人しくなると漸く口(と鼻)が自由になる。


「はあはあはあ、死ぬかと思った………」


 本気で花畑の幻影が見えたよ!

 肩で息をする私に、カイが申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめん、ちょっと力の加減が………」


 カイの体がぐらりと傾いだ。

 重い音を立てて、鎧に包まれた体が傍らに崩れ落ちる。


「ちょっと、カイ! カイ!」


 血を掌で拭うと、青ざめた顔が現れる。

 閉ざされた目にぎょっとして体を揺すると、僅かに眉が寄り弱弱しい呻き声が漏れた。


「だから、叫ばないで」

「ごめん………終わったのかな?」


 周囲を見回すと、墨色氷は欠片も見当たらない。


「あ」


 光の円柱の中に小さな黒い影がぽつんと浮いている。

 一瞬、極小サイズの敵かと身構えたが、どうも違うようだ。だとしたら、あれがノートの泡なのだるか。

 しかし、今はノートの泡より、カイの介護だ。


「カイ、回復魔法は?」

「使えない」

「回復薬は?」


 無い。とは言わないでよと祈りながら尋ねると、カイは来た道を指差した。


「虎徹の袋」

「分かった! とってくるから待ってて」


 勢いよく立ち上がると急いで根の壁に向かう。

 がつんごつん、頭とショートソードをぶつけながら、根の間を走り抜けた。

 虎徹は降りた場所できちんと待っていた。

 鬣の三つ網は半分以上が解けている。


「虎徹1、ご主人様がピンチなの。ちょっと袋開けるよ」


 焦る心とは裏腹に、指は血で滑り紐がうまく解けない。

 やっと口を開けたときには袋は赤く染まっていた。

 中を覗きこみ、愕然とする。

 どれが回復薬か分からない。

 袋の中は、金貨銀貨、ほうれん草や水菜にしか見えない葉の束、怪しい液体の入ったビンなどが雑多に詰め込まれていた。


「ええいっ、このまま持ってくね!」


 鞍と袋とを繋ぐ紐をショートソードで切ると、私は袋を抱えて、カイの元へと戻った。


「カイ~! カイ! カイ!」


 ぐったりと横たわるカイの傍らに座り込むと、袋を開けて頭の側に置く。


「回復薬どれ!?」

「………水色のビン」

「これ!?」


 袋の中をまさぐって、取り出したビンを差し出す。

 カイは片目をうっすらと開けて頷いた。


「体起こせる?」


 カイは身じろぎしようとして小さく呻いた。


「ああ、いいよ。いいよ。じっとしてて、無理だったら私が飲ませたげるから」


 私は慌ててカイを制して、瓶の栓をぬく。


「無理じゃない!」


 どこから出てきたのかと思うような大きな声だった。

 なんだ、意外と元気あるんじゃん?

 と、思ったが、叫んだ後、カイはまた死んだように動かなくなる。


「やっぱり無理じゃん。ほら私が――――」

「待って……ちょっと待って……無理じゃない……自分で飲むから」


 青い顔でだらだらと血を流しながら死にそうな声で必死に言い募るカイ。

 意味が分からないんですけど。


「どうしたの? ほら力を入れちゃ駄目だよ」


 カイの首の後ろにそっと手を添える。


「まじで待って、お願い」


 カイの声が震えた。


「……俺……経験ないし……その……」


「こんな事、言うと、餓鬼だと……思われるんだろうけど」とカイは息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。

 瀕死の状態で何を言っているのか。つか、経験ないなんて本当かな?


「大丈夫だよ。私はあるし」


 そう言うとカイは唇を噛み締めた。

 鋭いヤクシャの犬歯が薄い唇に食い込む。その様子がひどく苦しげで胸が詰まる。


「どうしたの、カイ。そんなに私に触られるのが嫌?」

「……違う、そうじゃない……ただ、その姿では抵抗が……ごめん」


 頭の中は最早疑問符でいっぱいだった。

 裸のオクトと虎徹でタンデムするのは平気だったのに、今更この姿に抵抗があるとな?


「カイ……。我がまま言わないで。そんなにこの姿が嫌なら、帰りは歩いて帰るし、今だけ耐えてよ」


 愚弟修也をしかるように言えば、カイはふいっと顔をそむけて、やはりまた呻いた。

 その動きでまた流れる血の量が増える。

 もう待てない。


「ほら、すぐに済むから我慢する。ゆっくり体を起こすから、私にもたれてちゃんと飲んでよ。大丈夫、弟が小さい頃、水薬飲ませたこと何度もあるし」

「えっ!?」

「えっ?」

 カイが叫んで絶句する。

 私は首をひねって言葉を失った。

 弟に薬を飲ませてあげるのはそんなにおかしな事なのだろうか……。

書いてて某王子が頭を過ぎりました

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