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55.憧れの・・・

「カイ、あれ何?」

「…………」

「あ、ほら、カイ。あの木、美味しそうな実が生ってる。食べられるのかな?」

「…………」


 しかとですよ。しかと。

 カイの不満気な呟きに噴出してしまったあの時から、カイは再びお怒りモードに入ってしまった。

 いやー。だって、勢いに任せて喚いた他愛も無いあの一言をそんなに気にしていたなんて思わないじゃない。しかも、噴出した後ちゃんと「ごめん、ごめん」と謝ったのに、そしたらさらに背後の空気が冷え冷えとして、居心地が悪いったらない。

 手持ち無沙汰になって、虎徹の鬣で三つ網を何本も編んでいると、高層ビルほどもある超巨大な木の前で虎徹の足が止まる。


「ここ?」


 振り向くと、カイはこくりと頷いた。


「そう。………それなに」


 漸く虎徹の鬣の惨状に気付いたらしいカイがげんなりと肩を落とす。


「ゴムもないから、そのうち解けるよ」


 カイは無言で虎徹から降り、槍を手に取る。

 続いて、私もにじにじと鞍やら鬣やらを掴みながら降りる。何時までたってもカイのように颯爽と乗り降りできないのは、オクトに虎徹騎乗スキルが無いからだと信じたい。


「でかいねえ」


 その木は、マングローブのように、根が地表に現れ、複雑に絡まりあっていた。それがゆうにオクトの身長の二倍分の高さがあるのだ。振り仰げば、茂った葉がイーシェの光を遮り真っ黒い傘の下にいるようだった。


「ここで待ってて………って言っても聞かないんだろうな」


 よく分かってるじゃないか。


「中に入ったら、隙間に隠れててよ」


 え? 中ってどういうこと?

 と私が疑問を口にする前に、カイは手近な根の一つを乗り越えた。

 そのまま、次の根の下をくぐり、また次の根を股ぎ、どんどんと奥へと進んでいく。

 見る間にカイの暗赤色の髪が根の向こうに消えて、私は慌てて根に足をかけた。

 腰のベルトに下げたショートソードがいちいちぶつかって進み辛い。シルクハットを幾度もひっかけながら、私は必死にカイの後を追った。

 私のショートソードより遥かに長い槍を手に持っているというのに、カイは器用にも悠々と根の間を縫って進む。

 程なくして、四畳半ほどの小さな空間に出た。

 根が壁と屋根の役割を果たしていて、秘密基地気分だ。ハックルベリー・フィンのツリーハウスとは違って幹の中にあるけれど、心躍る空間であるには違いない。

 わくわくとして中を見回す私に、カイは鋭い声で制止をかけた。


「止まって。それ以上中には入ってこないで」


 えええええええ。

 うな垂れながらも私は、大人しくカイの指示に従う。

 カイのことが心配だったとはいえ、無理やりついてきて、邪魔はしたくない。


「そこの根の後ろに隠れて」


 カイが示したのは、一際太いごつごつとした根だった。

 私が根の向こうに体を隠すと、カイは空間の中心部へと足を踏み出した。

 1歩、2歩、3歩

 途端にぱあっと眩い光が円形に走り頭上に伸びる。

 眩さに瞬きをした次の瞬間には、透明な光の筒が出現していた。

 その光のベールをくぐりカイが円の中心部へと立つと、ぶんという音と共に、筒の周りに四体の、半透明のモノが姿を現した。

 一つは、赤く濁った体をしていて、つきたての餅を引き伸ばしたような形をしている。

 一つは、緑色のぼんやりとした光を放ち、今にも破裂しそうな風船状の形態をしている。

 一つは、流れる滝のように、青い液体をぐるぐると体内で循環させている。

 一つは、墨を湛えた湖にはった凍りのように、薄く平らでつるつると光っている。

 そのどれもが体内でどくんどくんと一定のリズムを刻む気色の悪い臓器を持っており、総じてぐろい。


「獄灼炎」


 カイの槍に炎が灯された。

 四方から一斉に透明グロがカイに迫る。

 私は息を呑んだ。この狭い空間で一斉に詰められては逃げ場がない。

 しかし、カイは少しも慌てた様子をみせず、その場で膝を折ると、高く跳躍した。

 体を縮めて、空中でくるりと回転すると、緑色のモノの後ろに降り立つ。

 天上すれすれだった。なんであれで槍を天上にぶつけないのか、シルクハットを擦りまくってきた私には分からない。


「はっ」


 低い気合の声と共に、緑色の内部で鼓動を刻む核に槍を突き立てる。

 引き抜くのかと思えば、あっさりと槍の柄から手を放し、カイはその場から素早く離れた。

 只でさえ限界まで膨らんでいた緑色の風船が、さらに大きく膨れ上がった。


「アイギス」


 カイがシールドを貼る。

 空間そのものを莫大な力で押しつぶしたような破裂音が、木の中に響き渡った。

 咄嗟に耳を両手で押さえても、その音は聴覚を奪い、頭の芯を痺れさせた。

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