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53.ザラメと心

 斜めから見てみる。立てて見てみる。水平にして見てみる。

 どこから見ても何も変わらない。

 何かというと、ショートソードの事である。


 橋の上でカイと別れた後、予定通り迷子になっていると、息を切らした伊達に捕獲され、ずるずると工房まで引きずっていかれた。

 本当に文字通り、襟首をつかまれ、引きずっていかれた。

 「ったく、お前は……」「工房の前で待ってろって言っただろ」「まるっきり! 全く! 逆方向じゃねえか」「俺がどれだけ走り回ったと」等などと文句を聞かされながら。

 だってね、迷路みたいになってるんだよ、この街。近道しようと壁に開いた穴を通ったら、狭い路地裏に出て、元気に走り回る子供のNPCをかわしつつ、ドブ川の縁を歩いて、気付けば、緑の屋根なんてちっとも見えなくなっていて――――。と言ったら、こめかみをぐりぐりされた。両側かから拳を当てて。ひどい話だ。

 そんなこんなで、眉間に青筋を立てた伊達に、ショートソードをレベル5まで上げてもらい、強化が終わっても、まだ怒っていた伊達と広場で別れたのが、数分前。

 今、私は一人で、噴水脇に立てられた街灯の明かりを頼りに、ショートソードを検分していた。

 刃渡りは40cm強はあるだろうか。日本の街中で所持していたら、即御用になる物騒さだけれど、いかんせんここROに措いては限りなく頼りない。

 それにしても、レベル1からレベル5になっても本当にちっともさっぱり変わらない。

 でっかくなるとか、ギザギザになるとか、せめて柄の模様が変わるくらいの目に見える変化があればいいのに。

 片手に持って、振り回してみれば、オクトの体が覚えているのか、一通り形になっている気がする。

 おお、私ってばかっこいい! ―――――かもしんない。

 いや、きっと、かっこいいはずだ。見た目は地味な二枚目のマッチョだし。シルクハットと蝶ネクタイさえ装備していなければ、中世アクション映画のオファーが来るぐらいかっこいいに違いない。

 ………………………………………………はあ。

 いくらかっこよくても自分じゃなあ。勇姿を眺められるわけでも、守ってもらえるわけでも、抱きしめてもらえるわけでもないのだ。

 試しに、オクトのごつい腕で己の体を抱きしめてみる。


「………阿呆すぎる」


 心底虚しくなっただけだった。


「帰ろ」


 と言っても倉庫だが。

 冷え切った心を抱え、踵を返して、愕然とした。

 ポカンと口をあけたカイが、橋の袂に立っていた。


「い、いつから、そこに?」

「………今」

「う、うそ! ずっと見てたんでしょ!?」


 気まずげに顔を逸らすカイ。それが答えだった。


「ち、違うからね! 自分かっこいーなんて思ってないから! こんなイケメンの彼氏がいたらいいのにとか思ってないから! で、いつからいたの!?」

「………ごめん。剣を立てたり寝かしたりしてしかめっ面をしてるところから――見てた」


 えええ、そこから!? 早く声をかけてよ………。

 私は脱力して、噴水の縁に腰をかけて、俯いた。ああ、今度のダメージは大きすぎる。

 かつかつと靴音を鳴らしてカイが近づいてくる。

 伏せた目の先に、オクトである私の足よりも、一回り大きな、足先が入り込んだ。長靴に包まれたそれをたどり、目線を上げる。

 いつもと同じ冷たくも見える静かな暗赤色の瞳が私を映していた。


「剣のレベルは上がったの」

「あー、うん、5になった。………あの、明日は、無茶しないようにガンバリマス」

「そう」

「はい」


 い、いたたまれない。

 いつからカイと二人でいると、こんなに落ち着かないと感じるようになったんだろう。

 あの鬱陶しかった伊達が、今は恋しい。


「あの……」


 そろそろお暇します―――と言うはずだったのに、カイの顔を見ていると何故か言葉が続かなかった。


「なに?」


 夜の闇に溶けそうな静かな声が、先を促す。

 ふいに、懐かしさが胸を占めた。

 ROに来たばかりの、まだ二人きりだった時の会話だ。

 カイの計算が確かならば、まだ15~6時間しか経過していないはずなのに、もう何日も前の出来事のように感じるのは、オクトの体がROの時の流れに沿っているからだろうか。


「明日、ホデリ山とホオリの塔のどちらかが、当たりだったら、もうこんな風に二人で話す事もなくなっちゃうね」


 今の今まで欠片も姿を現さなかった寂しいと思う気持ちが、夏の空に突如として沸き立つ入道雲のように膨れ上がった。

 カイがじっと私を見詰める。その瞳は寂しさというよりも、深い悲しみを湛えているように見えた。

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