52.たかがショートソード、されどショートソード
タスクさんや、リカ姉さんや、ロクがそれぞれ思い思いに散っていく。
広場に設置された噴水の反対側で、カイと佐藤さんが何やら話し込んでいるのが飛沫越しに見えた。
何を話しているんだろう?
会話に加わろうと足を向けかけた私は、佐藤さんの尻尾が盛大に逆立っているのを見てとり、そっと回れ右をした。触らぬ佐藤さん(怒りバージョン)に祟りなしである。
「おーい、待てよ」
する事もないし、かといって宿屋で朝まで寝てしまうのももったいなくて、街中をぶらつこうかと橋を渡りかけた時だった。背後から引き止められて振り返ると、青い髪を揺らして伊達が走ってくる。
「お前、そのショートソードレベル1だろ?」
「うん、そうだけど……」
「じゃあ、材料やるから鍛えとけよ」
「おー、太っ腹」
ぱちぱちと手を鳴らすと、伊達は胸をはった。
「おう、感謝しろよ」
「倉庫行って来るから工房で待ってろ……、あー、工房ってのは、あの緑の屋根の建物見えるか? あそこを左へ曲がって、階段を下りた先にあるから、適当に行ってろよ」
そして、適当に迷子になる気がする。
「何してるの」
首を伸ばして緑瓦の屋根を確認していると、冷めた声が頭上に落ちた。
何時の間にやらカイが隣に並んでいた。佐藤さんとの話し合いが終わったらしい。
ちらりと広場を確認すれば、さっきと変わらない場所に佇む佐藤さんが見えた。しっぽがぷらんぷらんと寂しげに揺れている。
「……佐藤さんと何話してたの?」
しょげかえる幼女(姿)の佐藤さんを置いて来るなんて、お前は鬼か! と言いたくなってしまう。
「別に。で、何してるの」
自分は別にで済ましておいて、私には説明させるのか。このカイ様め……。
「誰かさんと違ってしょぼいこの武器を鍛えに行くの。伊達が材料くれるって。で、佐藤さんと何話してたの?」
「必要ない」
何が!?
佐藤さんとの会話を教える必要がない――――という意味かと思ったが、どうやら違うらしい。カイの目はすっと私から外され、背後へと向けられた。
「ショートソードを鍛えたところでしれている。例え敵から認識されないとしても、防御が紙なのは変わらない。オクトは戦力として見るべきじゃない」
戦力外通知来ました!
「明日は、タスクさんが前に出て、あんたがカバーすべきじゃないの。その為に佐藤さんも、タスクさんをあんた達につけたんだろ」
「あ? 何言ってんだ。こいつが明日、役にたたねえ事ぐらいわかってんだよ。でもな、ここじゃ何があるかわかんねーんだし、ちょっとでも強化しとくべきだろうが。」
伊達がぐっと眉を寄せて、カイをにらみつけた。どこからどうみてもヤンキーだが、コスプレ済みなのと、色白中性的リョースの外見のせいで、いまいち迫力に欠ける。
ふうとカイが息を吐いた。
「この人に鍛えたショートソードを持たせて、大人しくしてると思うの?」
「………思わねえ」
伊達が眉を寄せたまま、横目で私の顔を確認する。
甘いな。たとえ鍛えなくてもショートソードを装備した時点で試す気はまんまんだったよ。
そんな気持ちを、首を傾げて笑ってごまかすと、カイと伊達が揃ってため息をついた。
「お前、明日は大人しくしとけよ。それが武器を鍛えてやる条件だ」
「えー!?…………やだなあ、もちろん……そのつもりだったよ。はは」
反論しかけるが、赤と黒の二対の瞳に睨まれ、すごすごと撤退した。お前らいつからそんなに気が合うようになったんだ。
「おら、さっさと済ませようぜ。工房前でじっとしてろよ」
そう言い置くと、伊達はさっさと倉庫へ向かって駆け出してしまった。
「…………えーと?」
カイと二人にして置いていかないでほしい。
まだ、ご機嫌斜めだろうかと、隣を伺い、思わず目を細めた。
夕日に照らされて、暗赤色の髪が炎のように染まり、その鋭い横顔を彩っている。
捩れた角がきらきらと赤い光を放っているように見えて、はっとするほど美しかった。
しばし、見惚れていると、カイが顔をこちらへと向ける。
「なに? また、おはぎでも食べたくなったの」
「いやー。今はトマトジュースかな?」
率直に答えると、カイは目を伏せて、額を手で覆った。
「どうして、その色にしたの?」
と問えば、「別に」と、疲れたようにため息を吐かれた。またそれか!
「いやー、こうなってみると、私ももうちょっと愛情持ってキャラ作りすれば良かったと思うわ。顔も髪も目も、初期設定のまんまだし、名前も……カイの言うとおり考えるのが面倒で今が10月だからなんだよねえ」
カイの暗赤色の瞳が鋭さを増して私を捉えた。
「な、なに? キャラクター作りを適当にしちゃうのはゲーマーとしては許せない? だって3ヶ月でやめるつもりだったんだよ」
眼光に怯んで良い訳めいた言葉が出る。
「いや。個人の好みだと思うし………まあ、どうでもいい」
あ、今、さらっと本音を吐いたな。私の、オクトの見た目などどうでもいいと。
それきり会話は途切れた。二人共が口を開かなければ、当然のことだが沈黙が訪れる。
ただ黙って、静かに並び、川の流れを見つめていると、いつのまにか、トファルドと共に、太陽は沈み、カイの髪は元の色を取り戻していた。
「えーと、そろそろ工房に行かなくちゃ。んじゃ、まあ、また明日、ね」
しっくりくるようでこない。
軽く手を振ると、カイは何も言わずに、街中へと歩き出した。