48.リクドー三不思議
「オクトー! 見ろよこれ! ムラマサ!」
橋を渡り終える前に、跳ねるように駆け寄ってきた伊達は、二振りの刀を鞘からひき抜いた。
「佐藤さんに、金と材料を融通してもらったんだ。いいだろ。くー、この反り、この刃紋、たまんねえだろ?」
日の光にかざして刀身に見入ると、演武を舞うようにくるくると回ってポーズをとる。
あー。何か、癒されるー。
馬鹿な子ほど可愛いとはよく言ったものだ。
新しい刀を得て、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ伊達を生暖かい眼差しで見つめていると、急速に我に返ったらしい伊達は真顔で刀を腰に戻した。
ごほん、とわざとらしい咳をつくのがまた阿呆っぽくていい。
「何だよ。言いたい事があんなら言えよ」
「いや、あんたにはずっとそのままで居てもらいたいわー。くれぐれも頭を使っちゃ駄目だよ」
「お前、馬鹿にしてんのか?」
伊達がひくっと頬をひきつらせた。
「してないと思う?」
「ストップ」
背後から伸ばされた指が額と目を覆う。
「何やってんの」
もう聞きなれた呆れを含んだカイの声。
「友情を確かめ合ってたの」
「どこがだよっ!」
私のこたえに伊達が吠えた。
失敬な、かなり本気でそう思っているというのに。
一触即発の二人の間をゆらりと派手な人影が遮る。
極楽鳥こと、宇宙人ロクだ。
「オクト久しぶりやなあ……って、なんやその格好は!?」
がばりと両腕をひろげ、再会を喜ぶ声を上げたロクは、肩にまわそうとした手をぴたりと止めて、私の格好を眺め回した。
いや、気付くの遅くない?
「初期装備の皮の服ですけど」
「あかん! それはあかんで! なんやその破壊的なセンスは」
ロクはこの世の終わりに直面したかのように、大げさに頭を抱えた。
切実に『裸に蝶ネクタイ』と『皮の服に蝶ネクタイ』の違いを教えてほしい。
「まあ、一本筋の通った変態から、貧乏な変態みたいになっちゃったよね」
何故かロクに同調するタスクさん。
「せっかくいい体してるんだから。出しとけばいいのに」
私も見る側ならそう思ったかもしれない。
がっかりだわあとおっしゃるリカ姉さんは、ワインレッドのミニドレスに着替えていた。
「まあまあ、オクト君にとっては念願の服だしね」
心の友よ!
豊かな毛を蓄えた耳をぴこぴこと動かして場を取り持った佐藤さんは、「さて」と皆の顔を見た。
「そろった事だし、始めようか」
皆の顔つきが改まる。
自然と円陣が形作られ、私は固唾をのんだ。
「まずはこの異常な事態に陥るに至った経緯を聞かせてほしい」
佐藤さんはタスクさんとリカさん、そしてロクを順に見た。
「僕と、カイ、オクト君に伊達君。この四名はゲームをプレイ中、稲光を見、気付いたら今し方まで操作していた自身のキャラクターの姿となってRO内に居た。その際オクト君のみが、何らかのイレギュラーによって本来居るべき場所とは異なる、久遠の洞窟奥深くで気を失って倒れているのをカイによって発見された。共通しているのは落雷があったこと、ゲームをプレイ中であったこと、プレイしていたキャラクターの姿になっていること。の三点だが、君達は?」
「右に同じや。えらい近くで雷落ちて、まずいなあて思とったら、コアトールカにまたがっとったわ」
「僕も同じだね。6人でパーティーを組んでいたんだが、落雷の後、気がついたら、1人で諏琶湖のほとりにいたよ」
「私もよ。ハーンの街で装備を整えてる途中だったのよねえ。雷にうたれて意識が飛んじゃったのかと思ったわあ」
ロクの言葉にタスクさんとリカさんが次々に口を開いた。
「やはり………。原因の一つは雷とみて良さそうだね」
雷。カイや佐藤さんから話を聞いた時に、それが原因だろうとは思ったけれど、改めて聞くと異常だ。落雷のせいでゲームの世界に入り込んじゃいましたとか、都市伝説でも聞いた事がない。
まだタイムスリップしちゃいましたって方が現実味がある……気がする。
デロリアンに乗ったわけでもないのに、雷の何が、どう作用してこんな事態を引き起こしたというのだろう。
「雷が落ちる前に、ゲームに異常は? 例えば、グラフィックの歪みや、エラー音がするなどの」
これには皆、静かに首を振るだけだった。
「一応聞いておきたいんだけど、こうなる心当たりは?……」
それは返答を期待しない問いかけに違いなかった。
しかし、思いがけず、すっと黄色い服に包まれた腕が上げられる。
「俺あるでえ」
皆は一斉にロクを見た。
「ROは呪われとるっちゅう噂、あんたら聞いたことないか? 午前0時丁度にログインしたら、ヒラサカ山の中に閉じ込められて、電源引っこ抜いて再度ログインしてもずっとヒラサカ山ん中のままとか、オロチ退治イベで首を一個でも打ちもらすと、翌日二日酔いみたいな症状が出るとか、同時期に発売された他社のネトゲを褒めたら即垢BANされるとか」
なんだか最後の一つは質が違うような。
「これも呪いだっていうのかい?」
タスクさんが困ったようにぽりぽりと頬をかいた。
心当たりがあると聞いて、期待したら呪いときたもんだから、がっかりもするだろう。
「そうそう、何でも発売直前に開発スタップが死んだらしいやん」
え?
馬鹿馬鹿しいとロクの話を流しかけた私は、驚いて再びロクへと顔を向けた。
ロクはおどろおどろしく両手を垂らして、にたりと笑う。
「汗水垂らして作り上げたゲームの運営をみることなく死んでった、そのスタッフの無念が呪いとなって~」
「やめてくれ!」
悲痛ともとれる叫び声でロクの話を遮ったのは佐藤さんだった。