47.見たくなければ目をつむれ
外に出るとカイはさっきと同じ格好で待っていた。
私の姿を見ると、一瞬目を見開いたが、すぐに興味をなくしたようだ。カイの笑いスイッチを押すには至らなかったらしい。佐藤さんと違って、沸点高そうだしね。
「ねえ、帽子と蝶ネクタイはやっぱりしといたほうがいいと思う?」
歩き出したカイの横に並ぶと、私は蝶ネクタイをひっぱって尋ねた。
「防具屋に皮の帽子が売ってるけど……」
皮の帽子……それはそれで被るの嫌だな。
「防御力はシルクハットと同レベルだから、そっちを被っておいたほうがいい。シルクハットはいやなの?」
「この皮の服のデザインを見るに、どっちもどっちっぽそうだから、もうこれでいい」
うん、なんかもうどっちでもいいやって気分ですよ。
「そういや、カイはどうして兜かぶらないの? あ、ヤクシャは角があるから頭部装備がないとか?」
「……いや、ある」
カイはちょっと言葉に詰まった後、ふっと視線をそらした。嫌な質問が飛んできたと、顔に書いてある。そんな顔をされると余計に気になるじゃないか。
「あるんだ。どうして装備しないの?」
レベル99のカイが着ている鎧だし、余程レアで手に入らないとか? ミッションに失敗したとか?
「持ってるよ。倉庫にある」
「え、持ってるんだ。じゃあなんで?」
「………いから」
「え?」
ぽそりと零された声は余りに小さくて、聞き取れない。思わず聞き返すとカイは顔を背けたまま口調を強めた。
「……かっこ悪いから」
「かっこ悪い……から」
私は呆気にとられてカイの顔を見上げる。
「そう。悪い?」
顔を隠すように腕で目元を拭うカイ。
その耳朶がほんのりと赤い。
「いやー。悪かないけど。なんつーか……意外?」
カイは見栄えとか気にしないタイプかと思ってた。
腕の下に見える唇はぐっと引き結ばれて恥ずかしさに耐えている風情だ。
なんだ。やっぱり可愛いとこあるんじゃん。
「なににやついてんのさ」
「いーやー。別に?」
そう言ってみたものの、自分でも相当にやけているだろうという自覚があった。
歳相応な部分を見てほっとした。なんて言ったらきっとまた臍を曲げるだろう。
カイは憮然として、私はにやにやを止めることが出来ないまま歩き続け、橋へとさしかかる。
「あ、ロク」
広場には皆が集まっていた。その中には相変わらず派手派手のロクの姿も見える。
こちらに気付くと、ロクは手を頭上に上げて大きく振った。
「あの男、何も反省してないから。気を許さないで」
冷たい声音に振り仰ぐと、カイは真っ直ぐにロクを睨みつけていた。
再びロクに視線を戻すと、相変わらず屈託の無い笑顔で手をふっている。
「りょーかい」
その返事が軽く聞こえたのかカイは不満そうな顔をしたけれど、私だってロクのおかげでいらぬ苦労をしたのは忘れちゃいない。
悪気の一欠けらもないあの笑顔を見て、一番厄介なタイプだと改めて確信もした。
「ロクさ、ゲームだって言ってたよ」
カイが私を見る。
「ゲームのROの中なんだ。楽しまなきゃ人生損やろって。ロクにとってはコントローラー握ってゲームしてるのも、今も変わらないのかな?」
目が覚めたばかりの私みたいに、夢の中だと思っていたりして。そうでも思わないと、わざわざ1人になって危険を冒そうとするなんて、到底私には理解出来ない。
「そうかもしれない。もしくは……」
「もしくは?」
カイの小豆色の瞳を見つめ返した。
「ここが、今のこの状況が良いのかもしれない。――――現実の世界より」
帰りたいと、元の私に戻りたいと願い続ける私にとって、カイの所見は宇宙人のそれのようにちんぷんかんぷんだった。
「つまり、戻りたくないって、ずっとここにいたいって思ってるってこと?」
このROの世界で魔獣使いのロクとして、生きていく?
そんな事が可能なのだろうか? 可能だとしても、今のこの状態を本意から有難がって喜ぶ人がいるだなんて、ここに居たいと思うなんて、そんなはずが――――。
「かもね」
混乱の真っ只中にあった私の頭の中に、カイの冷めた返答がするりと沁み込む。どうしてカイはそう思ったのか――――
「カイも? ROの中に居たいって思ってたりする?」
すぐさま否定の言葉が返ってくると思っていた。いや、返してほしいと願っていた。
けれど、カイは否定も肯定もしないまま、静かに前を向く。
私はカイの横顔を信じられない思いで見つめていた。
7人しかいない仲間。たったの7人なのに、皆の気持ちは同じ方向を向いていないのだと、気付かされた。