46.クラスチェンジ、野暮天紳士へ
沈黙が重い。隣に並ぶんじゃなかった。
街の観覧も忘れ、私は時折、横目にカイの様子を伺いながら歩き続けた。
倉庫、まだかなあ。
時間の流れがナメクジの歩み並みに遅く感じる。
カイってこんなに難しかったっけ?
縛りプレイが何たるかを真っ赤な顔で必死になって説明していた、あの時の可愛いカイはどこに行ってしまったんだ。まあ、出会ってから今までで、可愛かったのはあの時と、イナバde実験時ぐらいだったけどさ。
私は今ひとつカイという人間を捉えかねていた。
普段は年下だとはとても思えないほど冷静なのに、時々ひどく気分屋な行動をとる。
ヤクシャのカイじゃなくて、リアルのカイってどんな人なんだろう。どんな服を着て、どこの学校に通って、髪型は? 目の色は? 本当の顔は――――、
「なに」
「へ?」
訝しげなカイの声に、私は妄想の世界から無理やり現実へと引き戻された。
「さっきから人の顔じろじろ見て、何かついてるの」
「え? 見てた?」
「見てた」
こっそり伺っていたつもりなのに、いつの間にかがん見していたらしい。
「うん、その、カイを見てるとね……」
カイが眉を顰める。
「……おはぎが食べたくなるなあと思って」
返事はなかった。
鼻から抜けるような小さなため息の音が聞こえ、また静寂が戻る。心なしか、さっきよりも沈黙が重い気がする。
チキンだ。我ながらチキンだと思う。けど、本当のカイってどんな人なんだろうって妄想してたなんてとても言えない。推定ネトゲ廃人のカイに、そんなこととても言えない。
「ついたよ」
倉庫についた時はロップヤーンにたどり着いたときより嬉しかった。
「これ?」
私は目の前の建物を指差して尋ねた。
「これ」
「はー。倉庫ってか家だね」
倉庫倉庫と聞いていたものだから、港に並ぶ、怪しい組織の闇取引に使われちゃうような建物を想像していた私は、レンガ造りの赴きあるそれを見て、少々驚いた。ゆうに二階建て分の高さがあるのに外観を見る限りでは平屋だ。
「回復アイテムもいくつか入っているけど要らないから、服と靴とショートソードだけとったら外で待ってて」
「はーい」
優等生な返事を返すと、カイはふうと息をついて倉庫の外壁へもたれて目を閉じた。
「失礼しまーす」
取っ手を押して扉を開ける。
中は、まあ想像通りだった。
大きな収納箪笥にベッド、床にはラグが敷いてあり、小さなまるテーブルが部屋の中央に置かれている。
試しにベッドの上にダイブしてみると、思いのほか硬くて後悔した。
強打した腰をさすりながら、箪笥を開く。
駱駝色の泣きたくなるほどダサい皮の服がつられていて、思わずドアを閉めたくなった。
それでも変態裸族よりはましだと己に言い聞かせ、皮の服を手に取る。
手触りは見た目ほど悪くない。
お父さんのももひきを彷彿とさせる、つんつるてんのズボンを穿き、半そでのチュニックに袖と通す。ベルトを巻いて、ショートソードをぶら下げると、ちょっとRPGの登場人物っぽくなった気がした。
シルクハットと蝶ネクタイを箪笥にしまって家を後にしたいところだが、運を捨てる勇気も、またカイのお小言を聞く勇気もなく、装着した後ぐるりと部屋を見回した。
本来なら、ここに来るはずだったんだよなあ。
あの時、ここで目が覚めていたら………二晩以上、この街で独りだったかもしれない。
そう思うと、案外洞窟スタートで良かったんじゃないかという気がした。
すぐにカイに会えたし、心のオアシス佐藤さんにも特効馬鹿の伊達にも会えた。ロクは傍迷惑な行動をとるけど、やっぱり仲間は多い方がいい。何気に酷いところのあるタスクさんは、さくさく物事を取り決めて前へ進んでくれるし、リカ姉さんは、その豪胆さを見ていると、何がおこっても何とかなるんじゃないかって気持ちさにさせてくれる。
大丈夫。
7人しかいなくても、きっと何とかなる。きっと帰れるはずだ。
きゅっとシルクハットをかぶり直すと、私は倉庫を後にした。