43.汚名ば……返上!
じゃあ、それで。
と、その後の段取りはさくさく決まった。
この辺りで一番攻撃力が弱いらしい白兎が単体で出てきた時を狙い、アイギスをかけられた私を敵前にほっぽりだして放置。他の人々はダッシュで後方に逃げる。と言う至極単純な作戦をてきぱきとタスクさんが組んでいく。
その際「ごめん。ちょっと放っといて」と顔を覆って凹むカイが悶絶するほど可愛かった。とだけ特筆しておく。ええ、しっかりと特筆しておきますとも!
「いくよ、オクト君」
「はい!」
「……アイギス」
目の前の草むらには一対の白い耳。
タスクさんの号令に元気に返事をすれば、ぼそりと呟くようにカイがシールドをはってくれる。
「じゃあ、頑張って」
どことなく無責任な励ましをおくると、タスクさん達は遠ざかって行った。
充分な距離がとられたのを見計らい、じりじりとイナバへと近づく。
アイギスはある。タゲられない可能性が高い。そう分かっていてもやはり怖いものは怖い。
へっぽこスキーヤーのように腰が引けているだろう体勢でじわじわと草むらへ近寄る。
と、ぴょんっと勢いよくイナバが跳ねた。
兎は兎でもカンガルーサイズのイナバの跳躍力はもちろんカンガルー並みで、あっというまにイナバは目の前に迫った。
ぎくりと体を堅くする私をじっと赤い瞳が見詰める。かと思えば、すっと逸らされ、私の横をぴょんぴょんと通り抜けていくイナバ。
シカトですよ。シカト!
呆然と過ぎ去るイナバを見送っていた私ははっと我に返った。
タスクさんの作戦では、まず何もせずにイナバが私に反応するかをチェック。もし、反応がなければ攻撃をしかけ、同様にチェックだったのだ。
大急ぎでイナバを追いかけると、そのふわふわの背中にドロップキックをお見舞いした。
かくりと膝を折るイナバ。しかし、地に足が着く寸前に体勢を立て直し、くるりと背後を振り返った。
反応したじゃんよおおおおおお。
踵を返して走り去りたいのをぐっと堪える。
ルビーのように赤いつぶらな瞳が私を見据えた。本来なら愛らしいはずの瞳は、ジャンキーの血走った眼のように恐ろしい。
怖いよ。怖いよ。ジビエはもう食べないから許して。絶対食べないから。いや、よく考えたら生まれて このかた食べた事ないんだけど。これからも食べないって誓うから、あっち向いてくれ。
冷たい汗が頬を伝う。
イナバとのにらみ合いは数秒続いた。ほんの数秒。とても短い時間のはずだが、とてつもなく長く感じる。
唐突にイナバの視線が逸らされる。そして奴はまた何事もなかったかのように跳ねていった。
いやっほおおおおお。
脆弱な裸族はただの変態だが、私は違う! 最強の変態だ! ――――――――あれ?
おかしい、間違っていないはずなのにすごくおかしい。
己の二つ名のどこがいけなかったのかと首を傾げていると、タスクさんの声が聞こえた。
「オクト君! 試しにもう一撃!」
らじゃー!
イナバにダッシュで近寄ると今度は後頭部にエルボーを決めた。
がくりと頭を倒して停止したあと、ぐるりと振り返るイナバ。
しかしまたしても、すぐに前へと向き直り去っていく。
これはもう間違いない。私は最強のへ………最強の裸族だ! ――――――――あれ?
いまいちしっくりこない通り名に腕を組み唸っていると、再度、タスクさんの声が飛んだ。
「オクト君! どうせだから白兎を倒してみて!」
らじゃー!
意気揚々と走り寄るとジャーマンスープレックスにフェイスロック! ……は出来なかったけど、地味にローキックを繰り出し続けた。
「タスクさーん」
「なんだーい」
タスクさん達はイナバの移動に合わせて、遠くへ遠くへと移動して、私とサンドバック状態のイナバを見守っている。
「終わりませーん。いつまで続けたらいいんですかー!?」
蹴ってはぴょんぴょんと跳ねて移動するイナバを追いかけ、また蹴る。もう何度続けただろう。いい加減飽きてきた。
「レベル1のヒューマンの攻撃力が14。この辺りの白兎のHPが202~215で、防御力が7」
答えたのはカイの声だった。
つまり
「あと何回!?」
「恐らく6回か7回」
数えてたのか!?
さも当然のように返されたカイの言葉に驚きを覚える。
「がんばれ、オクト君!」
タスクさんの声援を受けて6回目の蹴りを放ち終えた時、白兎はぼふんと音を立てて煙へと姿を変えた。
銀色のコインが3枚とホウレン草もどきが一束が草むらに残される。
「やったー!!」
初討伐! イナバに挑み始めて十数分。ついにやりました!
……………ダメージを受けることがないとはいえ、最弱モンスター相手にこの時間のかかりよう。
これって最強って言えるのだろうか?