41.イナバの見分け方? それは秘密です
「そっちに行ったわよお」
虎徹の上からリカさんが声をかける。
私はぴょんぴょんと飛び跳ねながら接近する角の生えたウサギもどき目掛けて拳を振り上げた。
ごめんイナバ!
白いふわふわとした毛に覆われたウサギもどきに胸中で侘びを入れつつ握り締めた拳を振り下ろす。
ところが、私目掛けてやってきたと思ったそれは、拳が当たる直前、くるりと進行方向を変えて、イナバ21号に蹴りを入れる伊達へと突進した。
「あ? あれ?」
イナバ22号の急な方向転換に空を切る拳。
「おわっ」
がら空きの背中にジャンピング肉球キックをくらった伊達はつんのめってイナバ21号の腹に倒れ込んだ。
痛みに顰められた顔が、ふかふかの腹に埋まった瞬間、にへらっと緩むのを私は確かに見た。気持ちは分かる。
伊達はイナバ21号を抱き込むように倒れた後、手をつき、足で地面を蹴って、転回の要領で回転して起き上がった。
振り向きざまに22号を蹴飛ばし、その足で21号を踏みつける。
レベル60越えの伊達の蹴りは、一撃で22号を消滅させた。
向かってくる敵もなく、手持ち無沙汰な私はぐるりと周囲を見回し残るイナバの数を数える。
「ひーふーみーよーいつ、むー」
あと6匹か。
最初3匹で仲良く草むらの影から長い耳を覗かせたイナバは、その愛らしさに討伐を躊躇い、迂回しようと試みるうちにあっという間に仲間を呼んで増殖し、一時はイナバ45号を数えるまでに増えた。
こちらのレベルが一名を除き高かった為か、奴らは着かず離れず後をついて回っていた。
当初は無害だし、いっかー。と無視を決め込んでいたのだが、囲い込むようにぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんぴょこ、ぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんぴょこ、ぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんぴょこされるのは思ったよりもかなり目障りだった。
その上、どんどんと数が増えていくのだから気味が悪くてしょうがない。かくしてイナバ掃討作戦はアイコンタクトにより、誰も意見を発する事なく開始されたのだ。
現在は伊達とリカ姉さんが一匹、カイとタスクさんが二匹を相手に立ち回っている。
投げる傘もなく、向かってくる敵もなく、散乱する小銭(報酬)を拾っているうちに、イナバ達は一匹残らず姿を消していた。
「おつかれさまでーす」
虎徹にくくりつけられた袋に小銭を投げ込み、労いの言葉をかける。
「雑魚でも数がそろうと厄介ねえ。情けはかけるもんじゃないわね」
艶かしい仕草で太もものベルトに小さな杖を挟みこむと、ふうと指先に息を吹きかけるリカ姉さん。 もう、行動の一つ一つが男性を煽っているようにしか見えないのだが、恐らく本当に煽っているんだろう。
タスクさんは爽やかな笑顔を浮かべながら「うーん、眼福」と遠慮なく見入り、伊達は太ももに釘付けになっては、慌てて目を逸らし頬を赤らめ、カイはスルー。私はといえばどんな時も女を忘れないリカ姉さんに感心はするものの、中身は同性であるが故に基本無反応。
男性人の反応にリカ姉さんは「つまんないわあ」と呟いた。
まあ、リョースはなまっちろい。ギガスに至っては問題外だと公言してたもんなあ。
「それにしても、オクト。あなた、おかしいわよねえ」
はい?
リカ姉さんは頭陀袋の紐を縛る私のシルクハットをつついた。
「やっぱり裸にシルクハットはおかしいですよね………」
変態紳士装備にも慣れてきたと思っていたが、ずばり指摘されるとちょっと凹む。
そんな私にリカ姉さんは「馬鹿ねえ。違うわよお」と声をかけた。
「あなた、どうしてタゲられないのかしらあ?」
「レベル1で問題外だからじゃないですか?」
ノスフェラトゥにもガン無視くらったし……。
「んー、確かに攻撃力の強い相手を狙ってくるけど、それにしても狙われなさすぎる。という気もしないでもないね」
タスクさんが私を見て首を捻った。
「そう、ですか?」
5人で行動するようになってから、戦闘の度にカイにアイギスをかけられ、端っこで放置がデフォだった。たまに近くにやってくる敵を蹴っ飛ばしたり、小突いたりしていたけれど、一撃離脱を心がけ、ひたすらちょこまか逃げ回っていたからじゃないかと思うのだけど。
「そうよお。さっきの白兎の動きはどう考えても不自然よお?」
私は言葉に詰まった。確かにさっきの兎は私のすぐ前まで迫りながらあっさりとその矛先を伊達へと変えたっけ。
「ユーザーネームが表示されない、初ログインにも関わらず久遠の洞窟に飛ばされる、タゲられない、か。オクト君には驚かされるよ。いやあ、蜜柑の皮をむいたら赤ザクが詰まってたような気分だなあ」
なにそのシャア専用な驚き。タスクさんの例えで、彼の心情を推し量るのは非常に難しい……。