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39.雛か親鳥か

「すげえ人だな。大丈夫か、おまえ」

「え?」

 

 伊達を見上げると、彼の視線は私の顔には向けられていなかった。

 視線をたどってみれば、腰帯を掴むごつい手が見える。言わずもがな己の手である。無意識に握り込んでしまっていたらしい。


「あっ、ごめん」

「また突っ走られたら困るからな、掴んどけ」


 ぱっと手を放した布を、伊達は私の鼻先でひらひらと振ってみせた。

 ぐっ、迷子防止紐かよ! 頬を引き攣らせ、ふざけるなと睨みつけるが、掴むまで止める気はないらしい。「ほーれほれ」と布を振る伊達に悪態をつきながら、しぶしぶ端っこを掴むと伊達は満足気ににやりと笑った。

 なんたる屈辱。前科さえなければうっちゃってやれるのに!


「そういえば、女神の泉で何をしてんたんだい? 見たところ武器は装備してないようだが」


 大きなギガスの体は木々の入り組んだ森での移動に適さない。それでも前を行くリカさんに遅れを取らぬよう、ごつい腕で枝を払いながら、進んでいたタスクさんが、肩越しに私たちを見て尋ねた。

 私と伊達は同時に目を伏せる。

 私は泥濘に足を取られて落ちた事を恥じて。伊達は恐らく刀の一件を思い出したのだろう。


「―――――ああ、ひょっとして噂を試しに?」


 噂?

 そんな私達の態度をどう解釈したのか、タスクさんの口から飛び出したのは意外な言葉だった。

 隣で伊達が顔を上げる。


「噂って―――」


 続く言葉は「何ですか?」だったのか「あれの事ですか?」だったのか。

 「ちょっと! 何か来るわよ!」というリカさんの叫び声で会話は中断され、その先の言葉を聞くことはなかった。

 リカさんがタスクさんの側に飛び退るのと、それが木々の合間から姿を現すのはほぼ同時のことだった。

 まず視界に入ったのは黒く濡れた鼻先。次いで鈍色の毛並みが現れる。

 あれ? どっかで見たような。と思った瞬間、葉の茂る枝を跳ね上げて、赤い人影が飛び出した。

 どこに隠し持っていたのか、リカさんが小さな杖を取り出し、タスクさんがファイティングポーズを取る。

 その間を目にも留まらぬ速さで縫うように駆け抜けたその人が誰か分かったとき、私は抱きつかれると思った。

 感動の再開に付き物の抱擁を想像したのだ。

 夕日をバックにぎゅっと肩を抱き合い互いの無事を噛み締める。「死んだと思ってたぜ」「へへっ地獄から送り返されてきたのよ」みたいな。

 誰しも一度はやってみたいシーンだと思う。

 そんなわけで、さあこい。どんとこい。と来るべき衝撃に備えて足を踏ん張ったわけだが。どういうことか、その人は私の前まで来るとぴたりと動きを止めた。

 私を、というか私と伊達の上を暗赤色の瞳が滑る。


「なにやってんの」

「へ?」


 RO内時間でとはいえ二晩も別行動をしていたわけだし、ハリウッド的抱擁はなくとも、せめて「大丈夫だった?」とか「無事に会えて良かった」とか、言うべき言葉は他にあると思う。

 なのに第一声がそれですか!?


「なにって、ロップヤーンを目指して行進してたんだけど」


 下方に逸らされていた瞳が、私の存在を確かめるようにゆっくりと上げられて、ようやく視線が合う。


「違う」

「違う?」

「―――――もういい。早く虎徹に乗って」


 さっぱり話が見えない。間違っても愛想のいいタイプではなかったけれど、素っ気なさに磨きがかかってないか?

 くいっと後ろを顎で示すその人―――カイの不に落ちない態度に私は内心で首を捻った。


「………ああ、どうも」


 一方、虎徹を振り返ったカイは、始めてその存在を認知したとでも言うように、今しがた側をすり抜けた二人に軽く頭を下げる。


「はい。どうも―――えーと、ピンを狩りに行っていたお仲間?」


 タスクさんは首を伸ばしてカイの背後にいる私たちを見た。


「いえ、物資を補給に行ってたほうです」

「カイです」


 伊達が首を振り、私がカイを紹介する。


「カイ、タスクさんと、リカさん。女神の泉の前で会ったの。ロップヤーンを目指してるんだって。………結構お仲間いるかもしれないね」


 カイと私の間に横たわる奇妙な空気を何とかしたくて口を開けば、感情の起伏の少ない冷めた目がひたと私を見据えた。


「7人だよ」

「え?」

「全員で7人しかいない。この場の5人と佐藤さんとロク、それで全員だ」


 誰も口を開かなかった。皆凍りついたようにカイを見つめていた。


「ロップヤーンのメインボードで確認してきたから間違いない。この世界には7人しかいない」


 カイの声音は余りにいつも通りで、それが帰って衝撃を大きくさせる。


「………7人……だけ?」


 誰かがぽつりと呟いた。その声には焦燥と苦悶がにじんでいた。

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