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38.エセジェントルマンと真性野獣

 じめじめしたところが余程嫌いなのか、元々歩調の速い人なのかは分からないが、美女は先頭を切って森の中を進んだ。その後をジェントルマンなギガス。ずぶ濡れで所々に泥をつけた伊達と私がしんがりを務める。


「タスクさんと、リカさんですね。俺はその」

「えーと、フォールンエンジェルセイマキョー君? ……ぷっ……だね? よろしく」


 今、今、笑った? ぷって笑ったよね? 

 歩きながら後ろを振り返ったギガス―――まさかこっちが「リカさん」って事はないだろう―――タスクさんは伊達の頭上を見て、軽く眉を上げた。


「……伊達と呼んで下さい」

「伊達? ああ、なるほど。えーと伊達……君? よろしく」


 敬称に迷ったのだろうか、首を傾げて言葉を繋げてから、タスクさんは私の頭上に目を移した。


「あれ?」


 思ったとおり目を丸くするタスクさん。


「あの、何だか色々とばぐったみたいで、名前が表示されないんですが、オクトと言います。レベル1です。この格好は私の趣味ではありません。よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる。


「へえー。そんな事が。へえ」


 何やら感心したように、ごつごつとした頬を撫でながら、タスクさんは私の頭上と私を交互に見た。


「まあ、もう何がおこっても驚かないよね。ゲームの中に取り込まれた事を考えれば、名前の表示がないなんて、回転寿司屋に入ったらフィギュアが回ってたぐらいの驚きしかないよ」


 え、それはかなりびっくりするでしょ。


「こんな事を言っては不謹慎かもしれないけど、君達がいてくれて良かったよ。僕達二人きりなんじゃないかってびくびくしていたからね。この分だと他にもプレイヤーがいるかもしれないなあ」

「それなら、俺達のほかに3人に会いました」


 再び前を向いて歩いていたタスクさんが、ばっと伊達を振り返る。鋼のように堅そうな髪が、以外にも柔らかく舞った。


「え!? ほんと? その3人は? どこにいるの?」

「2人とは物資補給の為に分かれました。ロップヤーンに向かっているはずです。もう1人はピンホンユィーを釣りに……」


 想像もしていなかった言葉だったのだろう。タスクさんは唐突に立ち止まって伊達の顔をまじまじと見つめた。


「ごめん。ちょっと理解出来ないんだけど。こんな事態なのに、わざわざ1人別行動を取ってピンを釣りに?」

「一昨日の晩がプウルプルの夜だって気付いたら、唐突に飛び出していきました……」


 伊達にもどう説明したらいいか分からないのだろう。うーんと唸り、歯切れ悪く口を開いた。


「ちょっと、つーか、かなり変わった人だったみたいなんで」


 肩こりをほぐすようにぐりぐりと肩を回しながらタスクさんは眉を寄せる。


「ふうん………確かに変わってるねえ。余程豪胆なのか肝が据わってるのか。僕には理解できないなあ」


 勿論私にも出来ません!


「ちょっとお。おいてくわよぉ」


 後続の歩みが止まったことに気付いた美女、もといリカさんが気だるげに髪を掻き揚げて、枝の向こうから声をあげた。


「あー。悪いね。今いくよ」


 「行こうか」と私たちを促してタスクさんが再び歩を進める。

 私たちを待っていたリカさんが、前を向こうとして、ふと私に視線をとめた。


「あら? あなた名前は?」


 ぐっ、姉さん。私達の話を丸っきり聞いていませんでしたな!?

 ふうと息を吐きたいのを堪えて、私は何度目かになる台詞を繰り返した。


「色々とばぐったみたいで、名前が表示されませんが、オクトと言います。レベル1です。この格好は私の趣味ではありません。よろしくお願いします。それから、こっちの青いのは伊達と呼んでください」

「へえ~。いいんじゃない?」


 なにが!?


「やっぱりヒューマンが一番よねえ。リョースはなまっちろいし、ギガスは問題外だしい? 私は好きよ。その胸筋」


 生まれて初めて胸筋を褒められた。ものすごく微妙な気分だ。

 私、女ですから! と憤ってみるべきか。

 ふふっそうでしょう? と誇ってみるべきか。

 役立たずの筋肉なんで、と卑下してみるべきか。

 さて、正しい反応はどれだろう?


「変態チックな格好もその容姿ならいいわあ」


 長い長い栗色の髪が、際どいスリットから覗く足を滑る。艶やかな茶色い瞳に見つめられ胸が高鳴っ―――――るか! 同姓でも充分どきどきしちゃう妖美さだけど、そこは間違っちゃいかんぞ自分。


「ど、どうも………」


 首、肩、胸に腹から腰へと、リカさんの舐めるような視線が全身を這う。ううっ、まさか同姓に視姦される日がこようとは。


「私としてはロップヤーンについて早く皮の服が着たいところですが」


さりげなく速やかに伊達の背後に身を隠すと、リカさんはあからさまに残念だわという顔をした。


「じゃあ、さっさとここを抜けましょ」


 草を踏みしめて歩く肉感的な後姿が、竹林を闊歩する虎の姿と重なった。

 怖いよ、お姉さま!

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