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「伊達………ご、ぎゃー!」


 泉に落ちた事と、つけてしまった腕の傷。二つの行為を謝ろうと、顔を上げた私は、目の前に迫るそれを見て絶叫した。


「ゴギャ?」

「だ、だ、だ、だて、う、う、う、う、牛が! い、いや、サイが! え、えーと、やっぱゴーレムが!」


 頬に張り付いた髪をかきあげ、訝しげに私を見た伊達は、前を見たまま目を丸くする私を見、眉を寄せて前方へと顔を向けた。


「うわっ!?」


 ぎょっとしたように顔を仰け反らせて叫ぶ伊達。


「ど、どどどどどど」


 どうしよう。と言葉にならない言葉を発した私は、こてっとその場に顔を伏せて寝そべった。


「おい、お前何してんだよ」

「死んだふりに決まってるでしょ!」

「死んでる奴が返事するか!」

「あの、大丈夫?」

「あ、あー。多分大丈夫っす」


 あれ?

 今、なんか一人多くなかった?

 伊達は誰と会話してんの?


「おい、牛でも、サイでも、ゴーレムでもねえ。ギガスのプレイヤーだ。さっさとその死んだふりとやらをやめろ」

「ギガス?」


 肩を突かれ、恐る恐る顔を上げると、やっぱり目の前には牛兼サイ兼ゴーレムがいて、また顔を伏せたくなった。


「こんにちは。驚かせてごめんね」


 自分の顔を凝視する私に、牛兼サイ兼ゴーレムは苦笑を浮かべて首を傾げた。


「ギガス………ギガス……ギガス」


 もごもごと口の中で繰り返していると、頭の片隅から「どっかで聞いたことがあるぞ」と囁く声が聞こえてくる。そのピンク色の脳細胞の囁きに耳を傾けて、ようやく思い出した。ROにある5種類のプレイヤー。ヒューマン、ヤクシャ、シュージュ、リョース、そしてギガスだ。

 サトウさん曰く、「ごつい体で接近戦を得意とする種族で色々と耐性も高い」というソロプレイヤーにお勧めのタイプだったはず。

 目の前の人物(といっていいのか謎だけど)が敵ではないと分かり、私はぺこりを頭をさげた。


「あの、こんにちは」

「こんにちは。立てる? どこか怪我してるのかな?」

「あ、いえ。私は」


 言葉を切って伊達をみると、その人は「ああ」と得心したように頷いた。


「怪我人がいるみたいだよ」


 私と伊達がのろのろと体を起こす間に、ギガスを操るプレイヤーさんは後ろを振り返って声をかけた。

 まだ誰かいるの!?

 驚きを声に出す前に、藪をかき分けてすらりとした体躯の女性が姿を現した。

 彼女の体が緑の影から露になるにつれ、私は思わず彼女の容貌をあまねく眺め回してしまっていた。

艶かしい黒いドレスは足の付け根までスリットが入り、その美しい曲線を描く足を惜しげもなくさらしている。細く引き締まった腰。その腰の細さからは想像もつかないような豊満な胸が、襟ぐりの開いた胸元から零れ落ちそうになっており、彼女が歩を進めるたびに、ぽよんぽよんと質量を主張するように揺れた。

 絵にかいたような「ぼん・きゅっ・ぼん」だった。


「どっち?」


 容姿を裏切らないハスキーでセクシーな声が赤い唇から零れる。


「あ、そっちです」


 怪我をしたのは……という省略された言葉を読み取り、私が伊達を指差すと、彼女は眉を顰めた。


「なあによ。かすり傷じゃない」


 どちらかと言えばそうだけど、その赤い傷をつけてしまった張本人故に、賛同の声を上げるのは憚られる。


「まあまあ、そう言わずに。リンデンもリンデールも余裕がある事だし」


 ギガスが女性をを宥める。一見すると美女と野獣のコンビだけど、中の人の性格は逆のようだ。

 美女はふうと息を吐くと、伊達の前にしゃがみ込んだ。


「ほら、手、出して」

「は……はい」


 伊達よ。声が裏返ってるよ。気持ちは分かるけど。

 たとえ本当の姿じゃないと分かっていても、見えそうで見えない太ももの奥といい、上半分が見えちゃってる胸といい、生唾ものだよね!


「クラーレ」


 手を伸ばした美女が言葉を発すると、ほわんと明るい光が指先に灯る。

光を湛えた指が、するりと伊達の腕を撫でると、はなから傷などなかったかのように、腕の傷は消えていた。

 治療が終わってもぼうっと女性を眺めている伊達に、彼女はふふっと微笑んだ。


「ねえ。何か忘れてるんじゃないかしらあ?」


 かと思えば、ふんっと首を反らして居丈高に伊達をねめつける。


「は?」


 美女はきょとんとする伊達の顎に指先をかけた。


「お世話になったら何て言うの? ねえ、坊や」

「………ありがとうございます」

「よく出来ました」


 ぱっと手を引いて立ち上がると美女はくるりと踵を返す。


「さ、さっさと行きましょ。じめじめした所は嫌いなのよねえ」

「あ、ああ」


 言うなり本当にさっさと歩き出してしまった美女を追っていたギガスの視線が、私と伊達に向けられた。


「僕達はロップヤーンを目指しているんだが、君たちも一緒にいかないか?」


 親切な野獣の言葉に私はぶんぶんと首を縦にふったのだった。

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