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36.落としたものは……

「後ろ!」


 私の声に呼応して、伊達は振り向きざまに、蹴りを放つ。

 ぱすんっと気の抜けた音を立てて、キノコっぽいそれは遥か後方へと吹っ飛んでいった。


「右!」


 体勢も整わない中で、伊達は手にした木の枝を後ろ手に突き刺す。

 しゅるるるる、やはり緊張感のない音と共にキノコっぽい敵その2が、見る見る萎んでいく。


「終わりー。お疲れ様」

「おう。降りて来いよー」


 伊達は頭上を振り仰ぎ、木の上にいる私に声をかける。

 私は絡みつくようにしてしがみ付いていた木の枝を握り締め、一気に体を落とす。ぶらんぶらんと2、3度振り子のように体を揺らすと、地面の上に飛び降りた。


「10点」


 体操選手のように両手をYの字に上げてポーズを決める。


「お前、どんどん野生化してきてんな」


 背後から伊達の呆れを多分に含んだ声が聞こえた。


 伊達の中の人が、私のクラスメイトのチャラ男だと発覚したあの時から、RO内時間で一晩が経っていた。夜のうちは、敵が少々強くなり、視界も悪くることから、デューネレーゲンヴルムに終われて逃げ込んだあの木の上で一晩を過ごした。

 思ったとおり、宿屋に泊まらない限り眠気はやってこない。食欲も排泄欲もやってこない。

 問題はといえば、3時間もの長い時を木の上でじっとして過ごさなければならず、退屈でしょうがないといったことぐらいだった。

 尻取りや古今東西といった言葉遊びに始まり、懐かしのアニソン熱唱に、初恋の話などなど、実にくだらない暇つぶしに興じて時間を潰した。くだらないけど、それなりに楽しい。なんだかすごく久しぶりに味わった時間のような気がする。


 朝日が昇るのと同時に木からおり、一路ロップヤーンを目指した。

 私達は、今、鬱蒼とした森の中を進んでいる。

 遠回りして視界のいい草原を進もうかという案もあったのだが、森の中の方が敵を撒きやすく、また捕まって戦闘をせねばならなくなった時には、私が身を隠せる場所に困らない。という理由からわっさわっさと森に分け入り最短距離を突き進む事になった。

 慣れてくると、旅はそれなりに楽しい。

 この辺りの敵ならば、レベル1裸族のオクトでも一撃死はないんじゃないかと聞いて、より一層楽しくなった。まあ、まだ一撃もくらってないんだけどね。

 敵の攻撃は何故か伊達に集中している。ひょっとしたらよりレベルが高い者に攻撃が集まるという仕組みなのかもしれない。ノスフェラトゥも私の事はがん無視だったし。伊達は伊達でそのほうがやりやすい。と思う存分暴れている。

 ロップヤーンに近づけば近づくほど、フィールドの敵は弱体化していき、大抵の敵からは容易に逃げ出すことが出来た。が、時折小さな敵が集団で囲い込むようにして挑んでくる時がある。

 そんな時はひたすら伊達のタコ殴り攻撃でしのいでいた。

 最初は私も攻撃に加わっていたのだが、どうみても効果がないばかりか、一発当ててはチョロチョロと逃げ回らなければならないものだから、いらついた伊達に「邪魔だからすっこんでろ」と言われて以来、ありがたくすっこむことにしている。



「前方にカミキリ虫もどき発見」


 下草にまぎれて二本の鋭い挟みがひょこひょこと上下しているのを見つけて、伊達に警告する。


「あいつは、かてえからな。右から回り込んで逃げるぞ」

「合点」


 潅木を飛び越え、枝や蔦を利用して、カミキリ虫もどきをやり過ごす。

 オクトの身体能力は抜群だ。想像するよりも速く駆けることができるし、思い描くより遥かに高く飛び上がることが出来る。腕の力も握力も申し分ない。

 正直に言おう。旅はかなり楽しい。

 というか、オクトの体が楽しい。

 視線は高いし、走っても脇腹痛くなんないし、息切れも動悸もしないし! と、伊達に高揚する気分のままに打ち明ければ、「お前、もっと運動しろ」と懇々と説教された。

 伊達によれば、戦闘に関する能力は元の体と比べるべくもないらしいが、それ以外は「あんま変わんねえ」らしい。どんだけハイスペックな体なんだよ! 単純に羨ましいわ。



「あ、あれ! なんだろう」

「ちょっ、待て。一人で先にいくな」


 森の中を進んで、どれくらいが経っていただろうか。もう結構な距離を進んだはずだが、まだまだ切れ間は見えない。

 濃い緑と幹の茶色に埋め尽くされた視界に、ふいに青い光が飛び込んだ。

 この時の私は、かなり浮かれていたんだと思う。

 周囲に敵の気配がないのをいいことに、下草を掻き分けて進み、たどり着いたのは、きらきらと美しい光を放つ泉だった。


「うわー。きれい」

「あー。女神の泉だな」


 追いついた伊達が、「そういや、この辺だったなあ」と髪を掻き揚げながら呟いた。

 

「確か、武器を落とすと武器レベルをアップして返してくれんだよ。レベルの上限があったはずだが、いくつまでだったかは覚えてねえ」

 

 へえ、そりゃ便利。


「武器かあ……ないね」


 私は手ぶら。伊達の手には拾った木の枝が握られているだけだ。


「うーん。装備は駄目なの? このパンツ落としたら、もうちょっといい装備と交換してくれないかなあ?」


 脱、変態紳士! と息巻く私に伊達は冷たい声で答える。


「やめとけ。戻ってこなかったらどうすんだよ。変態紳士から前科一犯に昇進すんぞ」


 なんて嫌な昇進。罪状は公然猥褻罪だろうか。

 私は泣く泣く諦めた。すっぽんぽんにシルクハットと蝶ネクタイで闊歩する度胸はない。


「武器レベルなんてあるんだ、伊達の刀はいくつだったの?」

「あー、15? いや16だったか」


 武器レベルを覚えていなかったらしい伊達は斜め上を見上げながらしきりに首を捻る。

 自分の武器レベルぐらい覚えてろよ……とは言えない。私も確実に忘れる自信がある。というか自分のジョブレベルも中途半端な数字ならきっと忘れるだろう。所持金を一桁まで記憶しているカイや、装備品の数値を細かく覚えているサトウさんの方が私には理解できない。


「ロップヤーンでショートソード手に入れてここに来たら、私もキノコモドキくらいなら一人で倒せるかなあ」


 ん? 17だったか? とぶつぶつ呟く伊達の横を、通り抜けようとした時だった。

 ぬるりとした感触が裸足の足の裏を覆う。


「うあっ?」


 素っ頓狂な声が口から漏れる。泥濘に足を取られ、私の体は、ぐらりと傾いだ。


「あっあっあっ」


 わたわたと手を振り回すが、「んー。やっぱ14だった気もすんなあ」等と未だ考え込んでいる伊達は気付かない。


「伊達!」

「あ?」


 ようやく振り返った伊達の目が驚きに見張られた時には、既に私の体は泉の上へと躍り出ていた。

 どぼん、と深い音がする。

 全身が冷たい液体に包まれた。

 口からはごぼごぼと止め処なく泡がこぼれ、視界を真っ白に染める。

 私は手を振り、足をばたつかせて、水をかいだ。ところが、体は意に反してどんどんと下へと吸い込まれていく。


「ぐぼ? ぼぼぼ?」

(うそ? 泳げない?)

 

 何を隠そう、私は金槌だ。でもオクトの体なら泳げるんじゃないかと勝手に思い込んでいた。

 でも、金槌はゲームの中でも金槌だったらしい。

 混乱した頭では最早どちらが上かも判別がつかなかった。


「ぐぼぼぼぼぼー」

(溺死もいやああああ)


 肺が痛む。喉が熱い。

 ふと、必死に水をかく指の隙間に、きらりと光るものを、涙と泡で霞む目がとらえた。それは真っ直ぐな白い線だった。どこかで見た覚えのあるそれが、何であるかに気付いたとき冷たいものが背筋を駆け上った。

 境界線だ!

 洞窟の中で目にした境界線が、湖の中に走っているのだ。

 嘘

 私はびくりと体をふるわせた。体がどんどんと白い線に引き寄せられていく。あれを越えたらどうなるのだろう? せっかくロップヤーンに近づいてきているというのに、どこか訳の分からない場所に飛ばされでもしたら、たまったものではない。

 もがけばもがくほど、白い線が迫る。ついに、指の先が線をなぞるように触れた。

 え?

 感触があった。堅いつるりとした壁のような感触が。

 指は線を越えることなく、弾かれた。


「ぐべっ」


 突然、苦しむ私の首に何かが巻きついた。さらに息がつまり、脳が酸欠を訴える。べしべしと叩いて抵抗すると、喉に巻かれた何かは更にきつく食い込んだ。

 意識が白む。ぐいぐいと首を絞める堅いものに爪を立てると、ぐにっと、爪がそれに食い込んだ。直後、激しい水音が耳を打った。


「げほっ、ぐっ、げほほっ」


 喉を通るものが途端に軽くなる。ひっひっと不自然な息を繰り返し、水の塊が喉から逆流すると、一気に呼吸が楽になり、体から力が抜けた。


「お……まえ…。戻ったら……水泳なら……え。絶対だぞ!」


 耳元で伊達の掠れた声がする。


「おら、さっさと、つか、まれ」


 喉にくいこんだそれが、私の体を強引に岸辺へと押し上げた。

 はあはあと荒い息を吐く私の横に、青い髪を張り付かせた伊達が倒れ込む。

 その腕には痛々しい傷跡がくっきりと刻まれていた。

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