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32.彼は太公望

「じゃあ、お前、あいつに食われてくる?」

「絶対いや」


我ながら天才じゃないかと思った閃きは、あっという間になかったことになった。

死んだらロップヤーンに戻るなんて保証ないし。第一ものすごく痛そうだ。


「まあ、お前のその考えが正しいとしたら、ずっとR.O.の中にいなきゃならねえ事になるな」


ぼそりと零された伊達の言葉が示すところは、あまりに恐ろしいものだった。


「もう、あんまり考えないようにしよ………」

「だな………」


とは言っても、一度気付いてしまったことから思考を反らすのは難しい。

このオクトの体で死んだらどうなるんだろう。ゲームなら、セーブした箇所に戻るとか、街に戻されるとか、教会に連れて行かれちゃうとか、誰かが生き返らせてくれるのを待つとか、幽霊みたいに透けちゃうとか、色々なパターンがあるけれど、私達はどうなる? オクトの死=仁木杏の死だったら怖い。でも、食物を摂取しなくても、睡眠をとらなくても平気なこの体で、ずっとここに囚われたままだったら、もっと怖い。

この体はどうやって動いてる? 電力? だとしたら、ゲーム会社がサービスを停止するまで私達はここにあり続けないといけないのだろうか。

強い風が吹きぬけた。砂山の模様が変わり、枝葉がすれてざあっと音を立てる。嵐の夜に聞く、風の唸り声のように、その音は心の不安を掻き立てた。


「さて、そろそろ拾いにいくか」


伊達が体を起こして、地面の様子を確認する。相変わらず刀がきらきらと光って、存在を主張していた。


「まじでいくの?」


 私は信じられない思いで尋ねた。


「丸腰でどうやって先に進むんだよ」

「うーん、変なのに引っかからない限り逃げ続ければいいんじゃない? ここらへんのフィールドを普通にうろついてる奴らなら、充分走って逃げ切れるんじゃないかなあ」


 それにほら、この傘だってあるし。と蝙蝠傘を指差せば、フンッと鼻で笑われる。


「なにびびってんだよ。ちょっと待ってろ」


 びびって何が悪い。恐怖は生存に関わる重要な感情だ。


 「すぐ戻る」と言い置くと、伊達はするすると木を下りだした。

 とんっと足が地面につく。

 伊達が歩くたびに砂が舞い上がりあたりの景色を濁らせる。

 伊達が刀に手を伸ばす。

 その時だった。

 彼の足元がぼこっと持ち上がり、バランスを崩した伊達がよろける。刀が砂と共に動いた。


「伊達!!」


 私は悲鳴に近い声で名を呼んだ。

 転倒をまぬがれた伊達がたたらを踏む、巨大なロープのような体が砂の中から現れようとしていた。

 運良く刀を落としていったんじゃない。刀はまだデューネレーゲンヴルムにささったままだったのだ。


「くそっ!」


 崩れる足場から飛び退って伊達が木に飛びついた。

 ぐねりと砂が蠢き、デューネレーゲンブルムの巨体を押し上げる。

 私は傘を咥えると、斜め下に伸びた枝へと飛び降った。すぐさま前方の枝へと手を伸ばしてて、その先にある枝へと移動する。


「うわわっ」


 生い茂る葉にすべり、バランスを崩すが、その勢いを利用して、さらに下の枝へ足をかける。

 私は猿。私は猿。いや、オクトが猿。私は必死に暗示をかけて、死ぬ気で降りた。


「馬鹿。何やってんだ。さっさと上がれ」


 頭上から落ちるように降りてくる私を見て、伊達が叫んだ。

 その背後にはぱくりと裂けた真っ赤なデューネレーゲンヴルムの口。


「運288のラッキーモンキーをなめるな!」


 あ、違ったラッキーオクトだ。

 私は傘を手に持ち変えると、砂ミミズの口めがけて放り投げた。

 と言っても、ノスフェラトゥの時とは違う。あの時は真っ直ぐに槍投げのように投げたが、今度は傘の端を持ち、傘に回転を加えて投げたのだ。

 くるくると回りながら飛んできたカサを、エサとでも思ったのか、それとも邪魔物を噛み砕いて処分しようとでも思ったのか、デューネレーゲンヴルムはあっさりと飲み込み、そして口を閉じようとしてぴたりとその動きを止める。口の奥で傘が突っ張り棒のように引っかかっていた。

 傘は傘でも、そんじょそこらの蝙蝠傘とは一味違う。ショートソードと同等の殺傷力を持つ蝙蝠傘だ。そうそう簡単には折れない。

 口を閉じようともがけばもがくほど、自身の交合力によって傘が食い込み、デューネレーゲンヴルムは苛立ち、巨体をのた打ち回らせた。


「登って! 早く!」

「言われなくても登ってる」


 私達は我先にと木を登る。

 岩壁の頂上辺りまでいっきに駆け上り、恐る恐る下を見れば、きらりと光る刀が再び地面に生えているのが見えた。


「ねえ、もう取りに行くとか言わないでよ」

「言わねえよ」


 伊達はぐったりと木に寄りかかってふて腐れた声を出した。

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