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03.ない!

「なんで裸!?」

「いや、そこじゃない」


 驚愕の叫びに、冷静な突込みが入る。


「あ、パンツはいてた。よかった……………って………え?」


 私は大きな掌で裸の胸をまさぐった。


「ない」


 ぺたぺたぺたといくら手を這わせてもあるべきはずのものがない。


「私の!………私の!………私の貧乳がないっ!」

「………もう少し別の言い方はないのか」


 私は大口をあけて固まった。

 ささやかながら、確かにあった胸のふくらみは消え、むきむき胸筋と六つにわれた腹筋が、視界いっぱいに広がっている。


「なに、これ」


 呆然とする私に、人型の以下略が心底面倒くさそうに、だがどこか気の毒そうに声をかけた。


「あんた、ヒューマンの男を選択しただろ。髪も目も顔も、あんたが選択したとおりになってるはずだよ」

「せん………たく?」


 固まる首をぎこちなくまわして人型の以下略を見る。


「私、染みとりは得意じゃな」

「そっちじゃない」


 私の言葉が終わるのを待たずに、人型の以下略のつっこみが炸裂する。


「せん、たく………」


 そういえば、と私は腰を覆っているパンツに目を向ける。

 この黄色と赤と緑の斑模様は柄はどこかで見た覚えがある。つい、さっき――――時間の経過がわからないから、多分、ついさっき、私が作ったプレイヤーOCTOオクトがはいていたパンツだ。

 ばっと手をひろげてみれば、見知った私のそれより、ふた周りは大きな手が、逞しい腕の先についていた。


「オクトだ」

「それが、あんたのプレイヤーキャラクラーの名前か」

「うん、そう」

「これで分かっただろう。俺達は、リクドー・オンラインの中にいるんだよ。作成したキャラクターの姿でね」


 信じられない。到底信じられない。どうしても信じられない。

 すっかり変わってしまった自分の体をみても、やっぱり、まだ信じられない。

 けれど………信じなくてはいけないのだろう。これが現実でないのなら、私の頭がどうにかしてしまったということになる。狂ってしまったと思うより、人型の以下略の言葉を信じる方がまだマシじゃないか。それがどんなに奇々怪々なことだとしても。


 これは、夢か?

 ―――――ちがう現実だ

 これは、バーチャルか?

 ―――――ちがうリアルだ

 これは、キャラクターか?

 ―――――ちがう私だ


 私は 今 OCTOとして リクドー・オンラインのなかに ―――――いる


「って信じられるかっ! 何かっこつけてんだ、私は! ぎゃー。なにこれ。もうやだ。やだやだやだ。夢なら覚めて! や、でも、覚める前にこのパンツの中は見てみたいかも………」


 そろりと伸ばした手を、はしっと横から伸びた手が鷲掴みにした。

 長い爪は珊瑚色でつやつやと光っている。ネイルいらずだ。


「あんたなあ………」


 がっくりとうな垂れる人型の以下略は、はたから見ても気の毒に思うほどに疲れた顔で盛大にため息をついた。


「気持ちはわかる。だが、俺達はこうして姿を変えてここにいるんだ。いい加減落ち着いてよ」


 人型の以下略さんの前だった。自重、自重。

 私はぱっとパンツにひっかけた指を放すと、ちらりと人型の以下略を見た。

 オクトである私よりも、頭一つ分は背が高い。


「あの、人型の以下略さんも、ROをプレイしていたんですか?」

「そう」


 長い小豆色の髪の毛を掻き揚げて、人型の以下略は首肯する。それから首をかしげた。


「………その人型の以下略というのは俺のこと?」


 え、そう思ったから頷いたんじゃないの?


「俺の名は見てのとおりKAIだと言っただろう」


 また、人型の以下略は引っかかる事を言う。

 薄い唇の中には、良く見れば牙が伸びていた。


「えーと、人型の以下略改め、カイさんですね。あの、取り乱してすみません………私の夢にしてはよく出来てるな」


 前半はカイに向かって、後半は俯いてぼそぼそとこぼした私に、カイはもう、何度目か分からないため息をついた。


「夢じゃないと言ってるだろう。いい加減あきらめて認めてよ」


 とりたてて頭は良くないけれど馬鹿じゃない。

 私だって段々と分かってきている。肌をとりまく空気の冷たさも、獣の生暖かい呼気も、耳をうつ水音も、硬く変わってしまった体も、どれも夢にしてはあまりにも生々しい。

 けれど、目覚めて数分で認められるほどぶっとんだ思考も持ってはいないんだもの。もう少し動転させてくれてもいいじゃないか。


「ところで、あんた、装備は?」

「はい? 装備?」


 唐突にかけられた問いに、私は思わず自分の体を眺めまわした。

 ―――――うほっ いい体だ


「防具や武器だよ。なんで裸なんだ。縛りプレイでもしてたの?」


 ピシャーン

 と、青い稲妻がカイの背後に落ちた気がした。

 『縛りプレイ』

 なんて卑猥な。何なのこの人、そういう趣味なの?

 カイを見る目が明らかにおかしくなったのが分かったのだろう、彼はぽっと頬を染めて激しくうろたえた。


「ちっ、ちがう! そういう意味じゃない! あの、普通のやり方にあきた奴らが、その、よりプレイを楽しむために、えーと」


 さっきまでの冷静さはどこへやら、しどろもどろに言い募るカイに私は冷ややかな眼差しを向ける。


「普通のやり方も未経験なんで、ちょっとそういう上級者向けのプレイのお話は理解できかねます」

「違うと言ってるだろ! あんたっ! 人の話は最後まで聞けよっ!」


 ぎゃんぎゃんとわめくカイに、縛りプレイのなんたるかを説明してもらうのに、かなりの時間を要した。

 本当はすぐに気付いたんだけどね。つい。

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