27.お前に食わせる豆はねえ!
「帰ってこなかったね」
不気味な赤紫色のイーシェが姿を消し、燦然と輝く太陽と、その隣で控えめな光をはなっている昼の月トファルドが空に浮かぶ頃になっても、ロクは帰ってなかった。
「助けにいくべきなのかな」
「どこへだよ」
「ピンホンユィーが釣れるとこへ。知ってる?」
「興味なかったから知らねえ」
宿を後にして、念のために村の中を見てまわったけれど、ロクの姿も、帰ってきた形跡もない。
村の門の前には繋がれたコアトールカが嘴を使ってさかんに身繕いをしていた。
「どうしよう。しばらく待ってみる?」
私はぼんやりとコアトールカを眺めながら問いかけた。
「いつまで」
「もう一晩ぐらい」
「で、明日の朝になっても帰ってこなけりゃ、出立すんのか? それとも、もう一晩待つって言うのか?」
「うーん」
私は答えに困った。
出立する決心も待つ決意も固まらない。
「あいつを待ってる間に、カイと佐藤さんがロップヤーンに先についちまうぞ」
「んー、じゃあ、メインボードを見て、探しに来てくれるかも。どこに何人いるか分かるんでしょ?」
ロップヤーンにあるというメインボード。確か、カイはマップごとにプレイヤー人数を表示してくると言っていたはずだ。
「大まかに……だからな。範囲が広すぎるだろよ。それに、俺達以外のプレイヤーがいて複数表示されてたら、どうなる。佐藤さん達がどう動くか分かんねえだろ」
「だねえ」
嘴を羽に差し込んでは形を整えているコアトールカを見て、私はぽつりと呟いた。
「ねえ、これ、乗れないかな? 上空から探したら、ロクもすぐに見つかりそうじゃない?」
我ながら名案だ。
「無理だ。魔獣使いじゃないと操縦できねえよ」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃん」
空の旅の間、背後から伸びたロクの腕が、コアトールカを操る様子をずっと見ていた。右に曲がりたければ右の手綱を、左に曲がりたければ左の手綱を、降下の時は、両方を同時に引いていた。上昇はコアトールカの腹を足で打ち付ける。うん、めっちゃ出来そう。
私は意気揚々とコアトールカに近づいた。
「俺は乗らねえぞ。振り落とされて死ぬなよー」
伊達の冷めた野次が飛ぶ。
ええい、見てろよ!
私は颯爽と……とはいかなかったけど、よじよじとコアトールカの背によじ登り鞍に跨った。コアトールカは気分を害した風もなく、悠然と身繕いを続けている。うんうん、いい感じ。まじでいけそうじゃない?
「でりゃっ」
鐙に乗せた足でコアトールカの腹を打ち付ける。
「クルッポー」
コアトールカは長い首を曲げて私を見て、迷惑そうに鳴き声を上げた。
「いや、あんた鳩じゃないんだから。ほらっ、飛んだ飛んだ。ご主人様を探しにいくよ!」
「ポッポークックルッポー」
「ポッポじゃないって、ほらっ!」
「ポッー」
いくら腹を打っても、コアトールカはやる気のない声を上げるばかりで一ミリも宙に浮こうとはしなかった。
そればかりか、腹を打たれることに苛立ったのか、ゆさゆさと体を揺すり始める。
「わっ、わっ、ちょっ、落ちっる~~~~~~」
慌てて手綱を持つ手に力を込めるも、時既に遅し。
一際荒っぽく体を揺すられ、私は背中から地面に落下した。
「いったあ」
むき出しの背中に砂利が食い込み、涙が滲む。「痛いわあ」程度で済んでいるのはオクトの体だからこそだろう。杏の体なら、あばらの一本や二本折れてしまっていそうだ。
寝転がったまま痛みがひくのをまっていると、砂を踏む音が頭の上から聞こえた。
「だから無理だって言ったろ」
青く尖った爪に縁取られた指がにゅっと眼前に迫る。
「ほらよ」
「……………」
私は無言で腕を伸ばした。