26.二人きりの夜は
ロクが去ったあと、伊達と私は踏み抜いてしまいそうなオンボロの階段を上って、二階へとたどり着いた。
部屋は二つ。別れてもよかったけど、その必要もないので、内装がまだマシなほうの部屋を選んでベッドへと腰掛けた。伊達は、窓枠に寄りかかって―――やはりガラスなどはなく、木で出来た開閉可能な板がついている―――空を眺めている。
もし、私がオクトの体じゃなくて女キャラを選択していたら、どうなったのだろう? こんな異常事態で盛ろうなんて奴はいないか。とも、こんな異常事態だからこそおかしな事になるのか。とも思うが、どちらにせよ双方にとって不必要なストレスがかかるだけだろう。
………そういえば、伊達って何歳くらいなのかな。砂糖さんほど年上に感じないし、かといって年下とも思えない。
赤い月の光を浴びて佇む、伊達の横顔をじっとみつめていると、ふいに伊達がこちらを向いた。
「なんだよ」
「別に………。ロク、大丈夫かな? 帰ってくる………つもりはあるんだよね。多分。レアアイテム楽しみにしとってなって言ってたし」
見ていたのを気付かれた気恥ずかしさを紛らわそうと、ふと思いついた疑問を口にする。
「コアトールカは繋ぎっぱなしだしな。帰ってくる気はあるかもな。本人にその気があっても、帰ってこられるかは別だろうがな」
確かにそのとおりだ。
「その、ピンポンなんとか……って強いの?」
「ピンホンユィー」
伊達が疲れたように息を吐いた。
「別にピンホンユィーがやばいわけじゃない。ピンホンユィーってのは、イーシェが赤紫に染まるプウルプルの夜にだけ釣れる魚だ」
「魚………釣り」
なんだ。それなら大丈夫そうじゃん。むしろ一緒に行ってもよかったかも。
ピンホンユィーの意外な正体にほっと息をつきかけた。
「ピンホンユィーを釣り上げると、ピンホンユィーを大好物とするガドルウルススって奴に高確率でエンカウントすんだよ。ガドルウルススってのは、でっけえ熊型のモンスターな。こいつがやべえの」
なんてこったい。
全然大丈夫じゃないじゃん!
「………そいつがレアアイテム落とすんだ」
私はがくりと肩を落とした。
「そういうことだな」
月を眺めるのに飽きたのか、伊達が木板を閉めて隣のベッドへとやってくる。
ぼふんと音を立てて伊達がベッドに寝転がると、もうもうと埃が舞い上がった。
腕を枕に、眉をしかめる伊達を、私はまた見つめていた。
「なんだよ。言いたいことがあんなら言えよ」
「あ………うん、伊達は、その良かったの?」
「なにが」
「そのガドルウルススに会いに行かなくて」
「行ってどうすんだよ」
伊達がごろりと体を転がした。肘をついて頭を支え、私を見る。
「ほら、だって、蹄駝を捨ててまで久遠の洞窟に入ったぐらいだから、ロクと似たような考えなのかな……と」
「あんときゃ……半分夢だと思ってたんだよ。それに……」
「それに?」
「……あの時は……一人だった」
言いにくげに、切れ切れに語られた言葉に、私はこくりと頷いた。
「うん。そっか」
私がいるから、留まってくれたと、そういうことなのだろうか。
ありがとう、と言おうとしてやめた。
伊達はそんな言葉など、望んでいないような気がする。
口を閉ざすと沈黙が降りた。
静かだった。
車が走る音も、隣家から漏れる団らんの声もない。気分転換にとつけるテレビもラジオもない。
なんだかすっごく、気まずい!
「もう寝ろよ。魔法が効くんだ。宿屋で寝たら色々と回復するだろ」
「うん………そだね」
素直に頷いて、私はベッドに寝そべった。ベッドはとてつもなく埃っぽかった。