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25.タンブル・ウィードっていうらしいよ

 ひゅるるるる、と乾いた風が吹く。

 西部劇でよくお目にかかる丸いアレが、どこからともなく転がり出ては、風に吹かれてどこまでも転がっていく。

 私は呆然と目の間の光景に見入っていた。

 背後ではロクがコアトールカをねぎらいながら、手綱を傾いた柱に結わえている。


「よりによって、テンポー村かよ」


 地に降りてすぐに、ロクに掴みかかっていった伊達は、しかしあっさりとロクにいなされてしまった。レベルの差って残酷だ。

 それでも、ぶつぶつと文句を言いながら、首をまわして体をほぐしていた伊達は、私の横に並んで、ちっと舌を鳴らした。


「テンポー村?」

「ほとんど廃墟だよ。宿屋以外なんもねえの」

「へえ~」


 R.O.で初めて目にする村は、ちょっと、いや、かなり私の予想とは違っていた。

 疎らに草の生えた砂地に突き立てられた門らしき木は、根元の部分が腐り傾いており、いまにも倒れそうだ。その奥にぽつんぽつんと建っている2~3の建物は、そのどれもが手入れもされておらず、廃屋にしか見えない。

 目の届く範囲に人影は全くなく、「ようこそ! ここはテンポー村だよ」と元気に同じ言葉を繰り返してくれるはずのNPCの姿も見当たらなかった。


「まあまあ、エンカウントせえへんだけマシやん。ほら入った入った」


 手綱を結びつけ終えたロクが、両手でバシンと伊達と私の背中を叩いて促す。「いてえな」と小さな声で伊達が呻いた。



「うっひひひっ。ようこそテンポー村へ。一晩500ゼルギーじゃよ。何もないところじゃが、ゆっくりしていきなされ。うっひっひっひっ」


 傾いた扉をくぐり、足を踏み入れた自称宿屋には、頭から黄土色の布をかぶった老人が一人。

 杖をつきつき、にたりと笑んで黄色い歯を見せてくれる。


「……………寝静まったら包丁持って部屋に忍び込んできそうなんだけど」


 ロクが支払いを済ませている間に、私はそっと窓辺―――といってもガラスがはめ込んであるわけでもなく、ただぽっかりと穴が開いているだけ―――に佇む伊達に話しかけた。


「あー、そんなイベントはねえよ」

「そうなんだ、お札を三枚持ってこなきゃいけないのかと思ったわ」

「はっ………山姥じゃあるまいし」


 不安を誤魔化すために零した言葉は、残念な子を見るような冷たい眼差しで迎えられた。やっぱりこいつは嫌いだ。


「はいはい。おまちどお。ほんなら二階にあがろか」


 支払いを終えたらしいロクがきしきしと床を軋ませながら歩いてくる。


「今夜はゆっくり休んで………ああっ!!」


 二階へと続く階段を指し示したかと思うと、ロクは突然大声を出した。

 ああっ!! って、今度は何ですか。

 私と伊達は思わず顔を見合わせる。伊達の眉間には深い皺が寄っていた。うん、もう嫌な予感がひしひしするよね。


「なんちゅうこっちゃ! 今日はプウルプルの夜やないか!」


 は? なにそれ。プリンでも食べる日なの?

 全く意味が分からない。

 何やら興奮しているらしいロクを見、次に伊達へと目を移すと、彼は真っ青な顔でロクを見つめていた。

 どうやら伊達はプウルプルの夜が何か分かったらしい。

 私にもろくでもないことが起こるんだって事は分かったけど。


「おい、おっさん! まさかピンホンユィーを狩りに行くつもりじゃねえだろうな」


 あああ、また未知の固有名詞だよ。何よそれ。お願いだから日本語を喋ってよ。


「もちろん。そのまさかや。ほら見てみい、あの赤紫に色づいたイーシェを」


 窓の外を視線で示すロク。

 釣られて外を見て、どきっとした。墨を溶かしたような空に、赤みを帯びた紫色に輝く月が浮かんでいる。


「月に一度のプウルプルやで。ええ色やなあ」


 毒々しい月の姿に、ロクがにっと唇を吊り上げた。

 私は思わず、たたらを踏んで後ずさっていた。楽しくてたまらないといったロクの笑顔に、薄ら寒いものを感じたのだ。


「おまえ………分かってんのか!? ゲームじゃねえんだぞ!」


 伊達がロクに食ってかかる。


「何言うてんの。ゲームやん。ここはR.O.の中なんやで?」


 狂ってる。

 背中を冷たい汗が滑り落ちた。

 ロクは危険を冒してピンホンユィーなるモンスターを探しに行こうとしている。

 月に一度しか姿を現さない相手だから。ただそれだけの理由で。二人の言葉から必死に頭の中で組み立てた仮説は、残念なことに正解なのだろう。


「あんたらどうする? ついてくる気は……なさそうやなあ」


 私は静かに首を振った。伊達は身じろぎもせずに、じっとロクを睨みつけている。

 私のHPの低さを懸念して、コアトールカに乗せてくれたんじゃなかったのか。

 アロンアールへの寄り道さえ危険だと、そう思っていたはずじゃなかったのか。

 私は、じりじりと後退してロクから離れた。子供のように屈託のないロクの笑顔。純粋であればあるほどそれは恐ろしい。


「せっかくのチャンスなんやで。楽しまんと人生損やろ? ほんじゃ、ちょっと行ってくるわ。レアアイテム楽しみにしとってな」


 最早、伊達も制止の言葉を口にしなかった。

 ただ二人で凝然として、スキップまじりに去っていくロクの背中を見送った。

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