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23.帰還魔法が怖いんです

「ほんで、あんたらこれからどうするんや?」


 自らのスタイルのポイントを語り尽くし、私の格好を一通り褒めちぎった(肌色と黒の対比の美しさや、裸の首筋ですべる蝶ネクタイの揺れ具合の優美さ、慎ましやかなシルクハットの存在感などなど。その間ものすごく居た堪れなかった)ロクは、がしっと私の肩を抱いて、皆を見回した。

 ロクの話を右から左へと流していたカイと、刀を探しに行って、結局見つけられずに帰ってきた伊達、同意を求められるたびに、尻尾で頬をかきながら、引き攣った笑顔で頷いていた砂糖さんは、困惑したように、顔を見合わせた。

 そういや、まずは洞窟を出ようってことで、その先は相談せずに行動していたもんな。


「なんや、何も考えてへんかったんかいな」


 ロクが呆れた様に呟く。


「はは、面目ない。そうだな、まずはやっぱり街へ行ってみようかと思うんだけど」


 砂糖さんはちらりとカイを見た。


「俺も街へいくのがいいと思います。俺達以外にもプレイヤーがいれば、やっぱり街に出ると思うんです。そうしたら合流できますし」


 砂糖さんと、伊達はカイの言葉にうんうんと首を縦に振る。

 ちなみに私も首肯しておいた。


「ふうん………」


 纏まったと思った意見に、ロクが首を傾げた。


「街言うても、いっぱいあるやろ。どの街に行くつもりや?」


 ロクの言葉に伊達が口を開く。


「千古草原の一番近くの街……アロンアールじゃないか?」


 一歩入った途端、くっついて動けなくなってしまいそうな名前の街だ。


「あほか。アロンアール行ってどうすんねん」


 アロンアールの名前を出した伊達の頭に、ロクは手刀を落とした。


「行くんやったら、ロップヤーンやろ」


 「ぐあっ」と呻き声をあげ、頭を抑えてうずくまった伊達。


「あそこには、メインボードがある。どこに何人おるか一目でわかるやろ」


 私は、つんつんとカイの肘をつついた。

 もう、何も言わなくても私の言わんとしていることが分かったらしい。

 カイはふうと息を吐くと、控えめな声で説明してくれる。


「ロップヤーンには全エリアのログイン中のプレイヤー人数が、マップごとに分けて表示されるボードがある」


 んじゃ、そこに行けばいいじゃん。


「だが、遠い」

「そうだねえ。アロンアールに寄ってみてからでもいいんじゃないか? 物資の補給も出来ればありがたいし」


 砂糖さんは、虎徹にくくりつけられた頭陀袋に視線を走らせた。

 MPを大量に消費するらしいアイギス連発は、MP自動回復では到底追いつくものではなかった。そのため、洞窟を抜けるためにかなりの数のリンデンを消費している。


「まるっきり逆方向やろ。あんたらはちょっと寄り道程度の感覚かもしれへんけど、そっちのハイセンスな兄ちゃんにはこの地域の敵はまずいんちゃうの」


 ハイセンス……普通にとらえると嫌味にしか聞こえないんだけど、ロクとしては純粋に褒めているのだろう。

 ちゃらんぽらんな外見と、ちょっと常軌を逸した言動から、いい加減で喰えない奴だと思っていたけれど、意外と色々と真面目に考えているらしい。

 彼らの話を分からないなりに、ふんふんと頷きながら聞いていた私は、ふとある事に気付いた。

 広大なマップを移動するRPGになくてはならない、あれの存在を思い出したのだ。


「あのー」


 おずおずと手を上げると、皆の視線が集中する。


「街へ帰る魔法……ってないの?」


 私の言葉に、皆は各々の顔を見回して、むうと眉を寄せた。


「ある」

「なら、それで」


 帰ればいいじゃんと言いかけた言葉を遮ってカイは、ひたと私を見据えた。


「けど、パーティを組んでる相手じゃないと一緒に運べない。俺達が今、パーティを組んでる状態にあるのか確認するすべがない」


 しんと沈黙が落ちた。確かに、一緒に行動して、助け合ってきたけれど、設定画面を覗けるわけじゃなし、どうなってるのかなんて分からない。


「ちなみに、帰還魔法のレヴェニーオを使えるんは、魔道士の猫ちゃんと、魔道騎士の怖い兄ちゃん、それから魔獣使いの俺だけやな」


 つまり、各々がレヴェニーオで帰るとしても、私と伊達だけは取り残されると……。伊達と二人きりとか……。

 思わず伊達を見ると、向こうも丁度私に顔を向けたところだった。目が合った途端に、げえっと口元を歪める伊達。こっちだって、あんたと取り残されるなんてごめんだっての!


「それになあ、レヴェニーオはワープやなくて、こう、空をびゅーんって飛んでいくような魔法やねん」


 ロクは指先で空に山形の曲線を描いた。


「俺、高所恐怖症やし、無理やわ」


 え?

 皆が一斉にロクの顔を見つめた。


「……コアトールカは……」


 皆が皆、絶対に抱いたであろう疑問を、代表して口にすれば、ロクはにかっと笑う。


「あー、もう、半べそかきながら乗っとるよ」


 嘘つけ。

 半べそかいてる人が、あんなアクロバットに飛ぶものか。

 隣に立つカイの顔が険しくなる。


「んー、そうや、こうしよ」


 言うなりロクはぐいっと私と伊達の腕を引っ張った。


「オクトと伊達は俺が運んだるから、あんたらはアロンアールに寄って物資補給してから来たらええわ。レヴェニーオ使うなり、虎徹走らせるなり好きにしたら」


 思ってもみない強い力だった。強引に引っ張られて、たたらを踏みつつ、ロクに倒れ掛かかると、体を支えるようにして、派手な服に包まれた腕が首に回される。


「おいっ! 勝手に決めるな」


 カイが声を荒げて、ロクを睨みつけた。


「この二人がおるより、あんたら二人だけの方が楽やろ」


 ぐっと言葉につまったカイを見るに、ロクの言う通りなのだろ。

 ロクに従うべきなのかもしれない。けれど、カイと砂糖さんと離れ、どこか得たいのしれないロクと、フォールンエンジェル伊達と三人で行動するのはちょっと怖い。


「オクト、こっちに来い」


 ロクにもたれかかったまま、惑う私に、カイが腕を伸ばす。

 ほっとして、その手を取りかけて、私は伸ばしかけた腕を止めた。

 カイと砂糖さんと離れたくない。でも、二人にとって私は足手まといにしかならない。もしもまた、ノスフェラトゥのような敵が現れたら……いいや、通常の敵との対峙でさえ私がいればアイギスの連発を強いられてしまうのだ。


「オクト」


 低いカイの声。じっと私を睨む赤い瞳は、彼の怒りをひしひしと伝えていた。

 気に食わないと、気をつけろと、言われたばかりのロクの手をとったら、さぞかし怒るのだろうな……けれど、私はそっとカイから目をそらすと、腕を下ろした。


「決まりやなー」


 ロクの軽い声音が聞こえたかと思うと、後ろから、ふわふわとしたものが股を強引に割って入り込んだ。足が宙に浮く。股の下のふわふわによって体を持ち上げられたのだ。


「うひょえっ!?」


 体はどんどんと高く上がり、さらに前方を持ち上げられて、後ろへとひっくりかえる。くるんと後方でんぐり返しを決めた体を、さっと力強い腕がキャッチした。

 目まぐるしく動く視界が落ちついた時には、私はコアトールカの上で、ロクの腕に抱えられていた。どうやら股を割って入ったものは、コアトールカの頭で、そのまま首を伝って背中に運ばれたらしい。


「おいっ!」

「ちょっと、待ってくれ!」

「うっわ、ちょっ、マジ!?」


 カイの怒声と、砂糖さんの困惑した声と、伊達の素っ頓狂な叫び声が同時に響いた。

 ばさりっと、羽をはばたかせ、コアトールカの体が宙に浮く。


「獄灼炎」


 カイの槍が赤く染まった。

 実力行使で止める気!? もう浮いてるんですけど! 

 私は思わず、ロクにしがみ付いた。あれが当たったら落ちるよね? 落ちちゃうよね!?

 けれど、カイが槍を振りかぶる前に、コアトールカはぐんっと飛翔して、射程外へと逃れる。


「じゃあなー。ロップヤーンで待っとるわー」


 どんどんと離れる地表。変わる景色に、私はロクにしがみ付いた腕に力を込めた。


「ぎゃあーーーーーー」


 と、どこからともなく伊達の絶叫が聞こえる。

 垂直に上昇したコアトールカの背から、カイと砂糖さんが豆粒のようにしか見えなくなった頃になって、私はようやく、伊達がどこにいるのか気付いた。

 コアトールカの嘴に咥えられてた……。そりゃ叫ぶわ。

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