21.カが重要
「獄灼炎」
カイの槍に炎が灯る。
「雷電」
と、同時に伊達が二振りの刀に雷を宿した。
落下するように猛スピードでつっこんでくる黒い点が、その昔図鑑で見たプテラノドンのような翼竜の姿形をしていると分かるほどに近づいた時、伊達が刀を持った右手を大きく振りかぶった。
「待て!」
それに気付いたカイが鋭い制止の声を上げる。
が、すでに反動をつけてしまっていた腕から、刀は空へと飛んでいき、
カキンッ
と、翼竜にぶつかる手間で何かにはじかれた。
「あ~~~~っ!?」
伊達が間の抜けた声をあげる。
くるくると回転してどっかに飛んでいく刀。
あーあ、この草原の中に落ちたら探すのが大変そうだ。
緑の中に消えていく刀を伊達は悲しそうな目で追っていた。
しかし、制止の声を上げたカイと砂糖さんは近づくプテラノドンもどきを凝視して刀には目もくれない。
「……あれは、コアトールじゃない。コアトールカだ!」
「カ」がついただけな気がするが、何がどう違うのか、砂糖さんの声は明るく、喜色をあらわにしていた。
「ねえ、カイ」
「……なに」
「カのあるないがそんなに重要なの?」
「コアトールはマップを移動中にごく稀に遭遇する、ワイバーン型の敵。空中から攻撃してくる為、接近戦用の武器だと命中率が15%まで下がるから、嫌われてる」
私はちらりとカイの槍を見た。
青い炎が灯されたそれは、接近戦用?
私の視線に気付いたカイが、己の槍に目をやる。
「槍は、中接近だから、35% 。で、コアトールカだけど」
カイが説明を続けようとしたその時、激突する勢いで、真っ直ぐに迫っていたプテラノドンもどきが、びゅわんと風を生み出しながら急旋回する。虎徹の鼻先すれすれを、翼の先についた鋭い鍵爪が通り過ぎていった。
「魔獣使いによって降され、その騎獣となったコアトールをコアトールカと言うんだ」
ほぼ90度にターンして、ごうごうと風を切りながら遠ざかっていくコアトールカ。
私は、その背中に乗る人物を呆然と眺めながら、カイに尋ねた。
「あの極楽鳥……プレイヤー……かな?」
コアトールカの背中には虎徹の背にあるのと同じような鞍がつけられてあり、確かに人が乗っていた。
間近で目に出来たのはほんの一瞬で断言はできないけれども、孔雀の羽を彷彿とさせる羽飾りのついた帽子に、真っ赤なジャケット、ネクタイなのかリボンなのか胸元を飾るひも状の物体は、白と黒のツートンカラーで、中のシャツはひよこのような黄色。さらに、ピンクやらオレンジやら、様々な暖色が斑模様に入り混じったタイツのように細身のズボン、極めつけは、表が紫、裏が真紅の長いマント……私の見間違いでなければ、出きれば見間違いであってほしいけど、コアトールカの背に跨っていた人物はそのような出で立ちをしていた。
「恐らくな」
そう言いながらも、カイの槍はまだ炎をまとっている。
かなり先まで地表すれすれを飛んでいったコアトールカは天空に向かって、地面とほぼ直角に飛び上がり、そのまま大きく弧を描いて再び、私たちの頭上にやってきた。
私は手をかざして、まるでヘリコプターのようにホバリングする、コアトールカの白い腹を眺めていた。
「何やってるのかな……」
「さあな。警戒してるのか、品定めしてるのか」
どっちにしろずっと見下ろされているのはいい気分じゃないし、そろそろ首も疲れてきた。
「ユーザーさんですかー? ゲームに取り込まれた方ですかー? 降りて話しませんかー?」
砂糖さんが、空に向かって声を張り上げた。
するとコアトールカは迷っているように、小さく円を描いて空中をうろうろと飛びだした。
おお、反応あり。
けれど、高度を保ったままで、降りてこようとはしない。
やはり警戒しているのだろうか?
「おーい。降りてきてくださーい。私達も、多分あたなと同じですー。敵じゃないですからー」
砂糖さんを倣って私も声をかける。
「そうですよー。助け合いましょうー」
「降りてきてー」
「大丈夫ですよー」
「攻撃なんてしませんからー」
「今は敵もいませんし、地上も安全ですよー」
「おーりーてーきーてー」
佐藤さんと私が交互に声を張り上げていると、ようやくコアトールカは下降しだした。
「心配しないでー」
「そうそう、仲間ですよ。なかまー」
声をかけ続ける砂糖さんと私。
ちびちびと折り続けて、ようやく1メートルほど頭上までやって来る。と、ひょこりと派手な帽子を手で押さえた、逆さまの顔が現れた。
「ユーザーさん……だね? 会えて良かった」
未だ警戒の色が見える極楽鳥人間を安心させるように、砂糖さんはほわっと笑みを浮かべる。
しかし、極楽鳥人間は胡散臭いものを見るような顔になって私達を見回した。
「よう言うなあ。さっきの刀はなんやねん」
慎重な行動を見せるわりに、その口調は飄々としたものだった。
「しかも、そっちのヤクシャはなんやの。槍燃やしっぱなしやん」
ごもっとも。
「カイ。消しなさいよ」
槍を持つ手をつつけば、しばらく間を空けた後、カイはしぶしぶといったていで炎を解除する。
しかし極楽鳥はまだお気に召さないらしい。ちろりと胡乱気な視線を虎徹の周囲に向けた。
「おーおー、ご丁寧にアイギスまでかけて。地上で不利なコアトールカに乗っとる俺に降りてこい言うといて、あんたらはばっちり防御済みかいな」
「すまない。今とくよ」
砂糖さんはさっとアイギスを解除すると、カイを振り返る。
目で、「解け」と訴えるが、カイが動く気配はない。
「ヤクシャの兄ちゃんは、俺とやる気まんまんなんちゃうの?」
つっと極楽鳥は砂糖さんを見る。彼がリーダーだと、とったらしい。
「そんな事はない。我々もこんな事態になって少々困惑しているんだ。――――カイ」
再度振り返った砂糖さんの目には微かに非難の色が浮かんでいた。
「………さっき」
砂糖さんをはじめ、伊達や私、極楽鳥の視線を一身に受けながら、カイは静かに口を開いた。
「雷電のかかった刀をどうやって弾いた? 魔獣使いに全方位防御は使えないはずだ」
きっと鋭い視線をカイは極楽鳥に向ける。
砂糖さんははっと息をのみ、伊達と私はうーんと首をひねった。魔獣使いが使える魔法が分かりません。
「そりゃあ、あんた………企業秘密や」
にいっと唇の端を吊り上げると、極楽鳥は「あー、頭に血ぃのぼったわ」と呟いてコアトールカの上へと引っ込んだ。
ひょっとしたら、そのままどこかへ飛んでいってしまうのではないかと思ったが、意外にも、コアトールカは私たちの前方へ少しずれて、地面に着地する。
すたっとコアトールカから飛び降りた人物の装いは、オクトの動体視力の優秀さを物語っていた。残念だ。
「なんてな。冗談やん。そんな怖い顔すんなや。一か八かこれではじいたったんや」
おどけた口調でそう言って、極楽鳥が指し示したのは、腰に下げた鞭だった。