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01.麗しのシュウコちゃん

「ねーちゃん、これやる? …………一応聞くけど、なにやってんの?」


 ノックの音と同時に戸を開けた弟の修也が、顔の横で薄く四角いパッケージをひらひらと振って見せたとき、私はベッドの上で、筒状に丸めた布団の上に馬乗りになり、そのてっぺんに置いた枕に拳を叩き込んでいるところだった。


「返事を待ってから開けなさいよ。ノックの意味がないでしょうが」


 問いには答えず、私はベッドから降りて、修也の元へ向かう。


「自分はノックもせずにあけるだろ」


 失礼な。こう見えても思春期の弟を持つ姉として、弁えるべきところは弁えている。身繕いがいるだろうと思われる時には、わざと騒々しい足音を立ててから侵入しているのだ。


「それで、これ、なに?」


 修也の指に挟まれているものを、顎で指し示すと、「ああ、そうそう」と弟はにんまりと笑顔を浮かべた。


「リクドー・オンライン。略してRO聞いたことぐらいあるだろ?」


 名前に覚えはなかったが、おどろおどろしい怪物が赤い目を光らせている絵を見て思い出した。確か梅雨の頃に盛んにCMが流れていたはずだ。


「オンラインゲーム?」

「そうそう、一回やってみたいって言ってたろ」


 そうだっけ? と私は首を捻った。

 もしかしたら言ったかもしれないが、CMを見ていて何とはなしに言ってみた程度だったのだろう。さっぱり記憶にない。


「でもなー。お金いるんじゃないの?」


 弟がいるせいか、同性の友人に比べれば色々とやってきたほうだとは思うが、最近はどうにも興味もわかず、ゲームにお金をつぎ込みたいとはさっぱり思わない。


「それがさ、三か月分払っちゃってんだよね。4500円」


 なに!? 中学2年の弟に4500円は決して安い金額ではない。それを私に譲る気になったということは………。


「いくらで買ってほしいの?」


 じと目で見ると、修也はニカッと白い歯を見せた。


「今なら三割引の3000円でお譲りいたします! ソフト込みでこの価格は今だけ!」

「高い。2000円」


 きっぱりと言い捨てると、修也は大げさに肩を落とした。


「んな、殺生な。ソフト代も入れたら一万近くになるんだぜ? 頼むよ姉ちゃん」


 情けない声で拝む修也に、私は「仕方がないなぁ」と呟いた。

 修也が何故、大安売りしてまでお金がいるのか、その理由は分かっている。

 この夏、修也には人生で初の彼女が出来たのだ。彼女と出かけるためにお金が要り、彼女との時間を捻出するために、ゲームをする時間がなくなったのだろう。

 いつの間にか、私より高くなった、修也の目を見て私は微笑んだ。


「2100円」


 慈愛に満ちた笑顔を浮かべた私を見て、ぱあっと顔を輝かせた修也は、その言葉にがっくりと肩を下げた。さっきよりも、位置が下がっている。


「私だってね。そんなに余力はないよ。携帯代も馬鹿にならないし」


 4月に晴れて高校生になりバイトを始めたとはいえ、両親と学校の許可がおりた、週2回3時間の近所のパン屋では給料もたかが知れている。念願だった携帯の通話料を払えば手元に残るお金はそう多くない。

 というのは建前で、本音はこうだ。

 馬鹿やろう! 中坊が彼女をつくるなんて10年早いわ! 年齢=彼氏いない歴の私に謝れ!

 浮かれて、やれプリクラだ、プールだと騒ぐ弟の幸せを、一分の曇りもなく祝えるほど、老成しちゃいない。

 清く正しく慎ましやかに交換日記でもしてろっての。


「2800円。絶対おもろいから! ジョブチェンジも結構自由だし、姉ちゃん、そういうの好きだろ?」


 しかし弟もめげなかった。

 結局、私と弟の攻防は30分に及び、2500円で決着を見ることになる。以前なら、2250円までは持っていけたのに………幸せパワーは偉大だ。



「えーと、なになに。ここは剣と魔法が支配する大陸オールンド」

 

 風呂上りの濡れた髪を、肩にかけたタオルでぎゅっとしぼる。説明書を片手に床に座り込みベッドに背を預けて私はブツブツと呟いていた。


「貴方は英雄になることを夢見て、様々な種族が集う街ロップヤーンにやって来た駆け出しの冒険者…………めんどい」


 分厚い説明書をぽいと投げ捨てて、モニタへと向き直る。

 適当にやればなんとか出来るだろう、とコントローラーのボタンを押した。

 画面に現れたのは、可愛らしいフリフリの服に身を包んだポニーテールの女の子。手には彼女の腕の力では到底振り回すことなど適わないであろう、巨大な剣が握られている。

 くるくると回る彼女の足元に表示された文字を見て、私は眉を寄せた。

 

 レベル69 名前Syu-ko


 修也の意外な性癖を見た気がした。………この夏に出来たのはまさか彼氏じゃないだろうな?

 首を傾げて笑顔を浮かべるシュウコちゃんを横目に、私は迷わずNew Gameのボタンを押した。

 ピロリンという軽い音と同時に、一瞬、カーテンの色が明るくなった。

 あまりのタイミングの良さにびくっと肩が震えた。そのままの姿勢で固まっていると、数秒遅れて轟音が響く。雷か。一雨来るかもしれないなあ。結構近かったけど大丈夫かな? でも、まあ、落ちるとしたら、はす向かいの斉藤さんちの斜め裏にある空き地にある木に落ちるだろう。

 気を取り直して、お次は名前だ。

 ………………………

 名前なあ。

 オフなら「AAA」でいいけど、オンラインじゃ被りそうだ。でも考えるのも面倒くさい。Syu-yaってつけたら怒るかな。どうしようかなーっと、クキクキと首を捻った時、ふと、机の上にある卓上カレンダーが目に入った。

 10月。

 よし、それにしよう。「O」「C」「T」「O」と。

 種族、性別、顔、髪型、髪色、肌色、など等、さくさくと設定していく。

 名前はOCTO、種族は人間、性別は男、顔は初期設定のまま、髪は短髪、髪色は茶、肌色も初期設定。

 うーわー。地味な仕上がり。

 ボクサーパンツ一丁で仁王立ちしている、我が分身オクトの出来に苦笑しつつ私は決定ボタンを押した。

 長くても3ヶ月の付き合いなのだ。そこそこ見られれば何でもよかった。

 ウィィンと軽い駆動音。

 画面が暗転し、次の絵がうつるはずだったその時、耳の側で大量の皿を叩き割るような、とんでもない音がしたかと思うと、視界が白で埋め尽くされた。

 真っ白だった。暗闇の中でふいに懐中電灯で顔を照らされたように、光以外何も見えなくなる。

 目を瞑ろうとして、既に瞑っている事に気づいた。瞼を貫いて、容赦なく襲う光。目の奥で光の渦が濁流のように巻いている。眩しいじゃなくて、気持ち悪い。両手を重ねて顔を覆う。それでもまだ足りない。体が傾ぐ。力が入らない。足が震える。呼吸が出来ない。気持ち悪い。

 光に解けていくように感覚が消えていく。藁にもすがる気持ちで伸ばした腕がつるりとしたものに触れた時、とうとう私の意識は途切れた。

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