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第8話 名簿にない男

「あなた……名簿に載っていません」


その言葉が、体育館に重く落ちた。


誰も喋らない。

誰も動かない。

まるで、時間だけが止まったようだった。


「……は?」


最初に声を出したのは俺だった。

自分でも情けないくらい間抜けな声だった。


黒髪の女性は名簿を見たまま言う。


「名前がありません」


「そんなはず――」

言い返そうとして止まる。


女性は名簿を俺へ差し出した。

俺は反射的に受け取る。


紙をめくる。


一枚。また一枚。

そして最後まで確認する。


だが。ない。


春人。


その名前だけがどこにも載っていなかった。


「嘘だろ……」


思わず呟く。


見落としているだけだと思った。


何度も見返す。


だが結果は同じだった。

どこにもない。俺の名前だけが、存在しない。


ざわめきが広がる。


「どういうことだ?」

「名簿に載ってない?」


参加者たちが顔を見合わせる。


俺も聞きたい。

どういうことなんだ。

なぜ俺の名前がない。


「待て」


中年男が言った。


体育館の空気が変わる。


「じゃあこいつが百人目じゃねぇのか?」


一瞬。

全員の視線が俺へ向いた。


心臓が跳ねる。


「何言ってんだよ」


高橋が言う。


「百人目なら人数合わねぇだろ」

「でも名簿にいないんだぞ」

「だからって――」

「じゃあ説明できるのか?」


高橋が黙る。


説明できない。俺もできない。誰もできない。

それが、余計にまずかった。


疑いは説明できない空白を嫌う。

分からないことがあれば、人は勝手に答えを作る。


そして今。

その答えが俺になろうとしていた。


「運営側じゃねぇのか?」


誰かが言った。


体育館が静まり返る。


運営。


その言葉は重かった。


首輪を付けた連中。

ゲームを管理している連中。

人を殺している連中。


その仲間。


「違う!」


思わず声が出る。


全員の視線が刺さる。


「俺だって被害者だ!」


「そう言うだろ普通」

誰かが返した。


笑いそうになる。


笑えないけど。


あまりにも理不尽だった。


被害者だと言えば怪しい。否定すれば怪しい。黙れば怪しい。結局どうしても怪しい。


そんな空気になっている。


「俺は春人と同じ教室にいた」


高橋が言った。


「最初から一緒だった」


少しだけ救われた気がした。


だが。


「それ証明できるのか?」


また別の声。


高橋の表情が固まる。


証明できない。


俺たちは同じ教室で目覚めた。


確かにそうだ。


でも、それを証明する方法なんてない。


「ほらな」


中年男が言う。


「仲間かもしれねぇじゃん」

「ふざけんな!」


高橋が怒鳴る。


初めてだった。

高橋がここまで感情を露わにしたのは。


だがその怒りすら、参加者たちの疑いを消すことはできなかった。


俺は周囲を見回す。


誰も信じていない。


いや、違う。

誰も信じたいのだ。


ただ、信じるより疑う方が簡単なだけだ。


その時だった。


黒髪の女性が名簿をめくる手を止めた。


「……待ってください」


体育館が静まる。


女性の顔色が変わっている。

さっきとは違う意味で。


何かを見つけた顔だった。


「どうした?」


誰かが聞く。


女性はゆっくりと顔を上げる。


そして。


「おかしいです」


そう言った。

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