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第2話 神奈川の麺は恋の味。東京の麺は何の味?

――――ゴトッ。


その料理……というか食材の山が、私の目の前に無言で置かれた。

どんぶりに入りきっていないニンニクとモヤシと背脂は、容赦ない程に高く積まれていた。

絶対に太るし、息は臭くなるし、不健康だし、女子高生が食べるものではないと思う。


……でも、今はそんなことは本当にどうでも良かった。


私、渋谷アリスは、前から好きだったクラスの男子に告白し、見事に撃沈したその足で、人生初の二郎系ラーメンを食べに来ていた。




私は泣きながらを麺を啜った。

ニンニクをかじっては泣いた。


本当なら私の隣に、できたてホヤホヤの素敵な彼氏がいるはずだった。……なのにどうしてこんなことに……。




――――――




正直、東京トップJKである私が、男子に告白してフラれるとは思っていなかった。

だが、それが傲慢であったことを、今日、私は思い知らされた。


私の好きだった男子は、隣のクラスの幼馴染の女子に昔から想いを抱いていたようで、私からの告白は受けられないとのことだった。




人が人に告白する時、そこではもはや東京トップJKの肩書きなど何の役にも立たなかった。




私は告白する時、普通の女の子と同じように手足が震え、声が霞んでいた。

目を合わせられないまま、私は想いを伝えた。

恥ずかしくて身体が茹で上がりそうだった。この時の私の心音は、目の前の彼にも聞こえていたんじゃないだろうか。


彼は申し訳無さそうにごめんねと返答した。私は涙をぐっと堪えてその理由を聞き、笑顔でさよならした。

そして、ひぃひぃと泣きながらこの店まで走って来たのだ。




――――――




それにしても、二郎系のお店のお客さんというのは、お行儀の良い人達が多いようだ。皆、揃いも揃って一言も話さず、寡黙に目の前のラーメンを食べ続けている。


なんだ。これならSNSに晒される心配などしなくて良かったじゃないか。




とはいえ、全員が全員お行儀の良い客層というわけではないようだ。

私の隣の席に、クスクスと小声でイチャつきながら料理を待つカップルが座った。そのちちくり合う耳障りな声がこちらまで聞こえてくる。




「……それでね……♡♡♡……♡♡♡……それからね……♡♡♡……♡♡♡……えへへ」




――ちくしょう……。ムカつく……。

――こちとらフラれたばっかりなんだぞ……!




「……………………すき♡…………ん♡……」




――――うぅ……。こんな所でイチャつきやがって……。


もう、恋愛はしばらく懲り懲りだ。




幸せになれよという願いを込めて、私はそのカップルの顔を見た――――。


「……うわっ……?!!」


――その顔に衝撃を受けて声が出てしまった。


そのカップルの女の方を、私は知っていた。

その女は、男の片腕に自分の柔らかい両腕をベタベタと絡ませ、でかい胸を彼の二の腕にムニュッと押し付け、ほっぺたと鼻を彼の肩にスリスリと当ててマーキングしている、神奈川県トップJKの江の島みらいだった。


「――あ……!

しぶ……じゃなくて、また会いましたね……!」


向こうにも気づかれた……。

私に配慮して、名前を出すのを控えてくれたのが不幸中の幸いだ。




――――――




「そっか……フラれちゃったんですか……。

……それはお辛かったですね……」


……私は悔しかった。

誰よりも必死に努力を重ね、東京トップJKの座に上り詰めた渋谷アリスが、

このおそらく何の苦労もせず可愛がられてきたであろう、プライドの欠片もない、男に媚びることしか能のない、ドM変態女の江の島みらいに、1つ上の立場あんぜんちたいから励まされたことが、悔しかった。


なぜこいつに幸せそうな恋人ができて、一方の私はフラれなきゃいけないんだ……。


はらわたが煮えかえる程こいつに嫉妬した。

普段の私なら、この女に自分の失恋を打ち明けるなど、プライドが絶対に許さない。

……しかし今日、長き片想いが破れて精神的に弱りきっていた私は、本来ならばムカついてムカついて仕方のないこいつに、今日の出来事をつい打ち明けてしまったのだ。




私は今日、好きな男子にあっけなくフラれたあげく、格下女の幸せそうな姿を見せつけられ、今まで自身の軸としていたプライドがボロボロに傷付けられていた。

だからだろうか、私はこんなことを尋ねてしまった。


「……ちなみに、江の島さん達は……どんな風に告白して付き合い始めたの?

よければ私も参考にしたいなって……」


その質問に対して、江の島みらいは一瞬だけ固まったかと思うと、恥ずかしそうに彼氏と目配せして、ニヤつきながらこう答えた。


「前の恋人と1年くらい付き合って別れた時に……

あ、この人なんとなくいいなって思ってぇ……

なんとなく遊びに誘ったら、お互いいい感じになっちゃってぇ……

そのあと私の部屋で彼に迫られてそのまま――――♡♡♡」


私はこいつの話を途中で聞くのをやめ、麺と鼻水を交互に啜って、ラーメンを急いで食べ切った。


口いっぱいに涙の味がした。




私は一人で店を出た。足早にその場を去った。


……あの大会で〈さいたまギャル〉に言われた言葉。あれからずっと、それが私の頭の中で響いている。


『もういいんじゃないかな?SNSとかフォロワーとか……。

アリスの好きなように生きてみなよ。

そういうアリスの方が、きっとかわいいよ』


はぁ……そうなのかな……。

あのギャルのこと、信じていいのかな……。




――――わからない。正直、自分を変えるのが怖い。今まで積み上げた物を失うかもしれない。


――――実際、その言葉を信じて、今日告白して傷付いた。さっきのラーメンで今週の食事制限もオーバーした。


――――でも、ここでやめたら、おそらくずっと変わらないままだ。




とりあえず、まずは小さな一歩、できることから少しずつ始めることにした。

私は、さっきたいらげた山盛りのラーメンの写真を、SNSにアップした。




――――――




『優勝候補、東京都・渋谷アリス、

ゲーム開始1時間で、さいたま・大宮彩花に敗北』


ゲーム会場にセンセーショナルなニュースが流れ込み、参加者の間に衝撃が走った。


「渋谷アリスが負けた……!?」

「大宮彩花……って誰……?」


脱落者の情報は、スマートフォンアプリを通じて適宜参加者に通知されるのだ。

体育館はまたたく間に、JK達のどよめきの声で包まれた。




その様子を、体育館の2階の観客席から見下ろす2人のJKがいた。


「渋谷はんが負けはるやなんて、えらい気の毒やわぁ」


花柄の着物を纏った、色白で視線の鋭いJKがそう呟いた。

その着物は黒を基調として、白、桃色、紫色などの花々が大小咲き乱れている。


「……あんた、それ絶対本心じゃないでしょ?

相変わらず性格悪いね」


格式高そうな制服を着こなすJKが、スマホを片手にいじりながら、顔を上げずにそう言った。

胸にリボンがついた、落ち着いた色合いの制服だ。特に彼女は、ギャルを始めほとんどのJKがやっている〈制服を着崩す〉ということを一切していない。あえて着崩さずに気品ある制服の味を出すことで、他者に格を示し、ブランドを形成しているのだ。


「たしかに、あんたみたいな兵庫の娘はんは、ほんまに優しゅうて賢い子ばっかりやもんねぇ。

皆さん賑やかで個性的やから、周りに合わせるなんて窮屈なことはなさらへんのやねぇ」


「………………。

……おい、てめぇ。

もしかして私のこと、協調性が無くて性格キツいって言ったか……?!」


制服の方のJKが、少し考えてから顔を上げて、着物の方のJKに文句をぶつけていた。


「それから私は〈兵庫府〉出身じゃない。

〈神戸市〉出身の六甲山ろっこうざんマヤだ。

2度と間違えるなよ。九条くじょう 祇園子ぎおんこさん?」


「はいはい。えらいプライドの高い(ご謙虚な)ことで……」


ここでふと、九条祇園子は、六甲山マヤとは反対方向に目を逸らしつつ、彼女に語りかけた。


「……それにしても、あの渋谷はんを負かさはるなんて、私らもぼんやりしてられまへんわ」


「――潰しとく?ウチらで一緒に」


「――ええですよ。ほんま、性格の酷い(お優しい)こと」




JK達は、今大会で突如現れた謎のさいたまギャルが、あの渋谷アリスに勝利したことに対し、警戒心を高めていた――。

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