第1話 神奈川は東京の腰巾着に過ぎない。
「はぁぁ……やっぱり緊張するなぁ……。
知ってる人なんて一人もいないし……」
「大丈夫だよ!毎年毎年、ここに来るのは優しい子達ばっかりだよ?」
東京都代表の〈渋谷アリス〉が、神奈川県代表の〈江の島みらい〉を励ましていた。
その様子を、私は少し遠くから眺めていた。
江の島みらいという子は、おそらく初出場だと思われる。
私も出場するのは初めてだったので、情報収集のために、こうやって参加者同士の会話に聞き耳を立てているのだ。
ちなみに、なぜ会ったことのない彼女らの名前がわかるのかというと、この〈大会〉の参加者の胸元にはネームプレートが付けられており、名前と〈代表地域〉が記載されているからだ。
自分で言うのもアレだが一匹狼の気質がある私は、まだどの参加者とも交流をしていなかったので、試しにこの2人に話かけてみることにした。
「ねえ。ちょっといいかな。
私……今1人なんだけど、一緒にチームとか組まない?」
神奈川県代表の江の島みらいは、私の胸に付いているネームプレートを確認したかと思うと、突然ぎゅっと表情を歪めた。そして、
「〈さいたまの人〉は信用できません……。
だって、あのような事件を起こすような人たちですから」
と言ってきた。
…………はあ。またこれか。
濁さずに言おう。〈さいたま〉の住人は全国で嫌われているのだ。さいたま出身というだけで信用されず、負のバイアスがかかることも多い。
まあ、これについては過去に色々あったのだ。さいたまが大阪に対してひどいことをしたのは史実だ。
にしてもこいつの場合、さすがに態度があからさますぎる。偏見の範疇を超えた、地域差別である。
私はこの江の島みらいという小娘に言いたいことがあったが、大会の初っ端から参加者同士で喧嘩を始めるのはリスクが高いので、不満に思いつつも口を噤んでおいた。
「さいたまにもきっと良い人はいるよ!
江の島さん、決めつけちゃダメだよ?」
隣の渋谷アリスが私を庇った。
見たところ彼女は良識を備えているようだ。
まあ、今回は忘れてやろう。
私の名は〈大宮彩花〉。
さいたまのギャルだ。
私の外見を箇条書きで少しだけ紹介しておく。
1、基本的に高校の制服を着用している。
2、カーディガンを腰に結んでいる。
3、茶髪が波打ち、
4、薬指の爪には謙虚な飾りが施されている。
学校に怒られない範囲内で最大限のオシャレを試みているのだ。
……もしかしたら少しばかりアウトかもしれないが。
当然だが制服は着崩している。
5、スカート丈は腰に巻いたカーディガンよりも短くしておく。
学校でスカートが短すぎると指摘されても、カーディガンの丈が長いからと言い訳して押し通せば良い。
6、ネクタイは適度に緩める。
が、胸元は開けない。オシャレと清楚を絶妙なバランスで共存させる。これが最近のギャルのファッションであり、嗜みなのだ。
神奈川県のトップらしい……が、どこにでもいそうな量産型清楚系JK、とでも言うべきか。その江の島みらいは渋谷アリスに向かって話した。
「ねえ、渋谷アリスさんって……東京都代表で、この大会の優勝候補ですよね?
あらゆるSNSでフォロワー数はトップクラス。
強いだけじゃなく、私のような初めての参加者にも優しく接してくれて、すごくカッコいいです……♡」
「そんなことないよ〜
江の島さんだってすっごくかわいいよ!」
あの渋谷さんがそう言うので、量産型JKの江の島さんをよくよく見てみると、……確かにちゃんとかわいかった。
顔の素材は良いし、肉付きも丁度良いムッチリ具合だ。おまけに胸部の破壊力もあり、清楚な雰囲気に強いアクセントを与えている。
関東トップレベルの上玉個体であることは否定しない。
が……それとは比較にならないほど、渋谷アリスはあまりにも飛び抜けていた。
はっきり言って一線を画していた。
顔面・体型・服装・所作において他の参加者とは戦うレベルの違う、東京都代表《その肩書き》に恥じない、洗練された、間違いなく東京トップJKの逸材だった。
その証左に、彼女の白く整った顔の造形は、SNSで見たそれと寸分違わず同じだった。つまり……彼女は投稿した写真に一切の加工を施していないということだ。
渋谷アリスは江の島みらいに、嫌味なく返した。
「私のこと、知ってくれてたんだね……嬉しい!
江の島さんも一緒に頑張ろうね!」
「はい!」
その表面的で空虚なやり取りを、私は横目で見ていた。
――――――
私、大宮彩花には夢がある。
――日本で最強のギャルになること。
――それすなわち、日本で最強のJKになることとも言える。
――より具体的に言うとそれは、今ここで開催されている、
2199年度〔都道府県対抗・トップJKグランプリ〕
で優勝することを意味するのだ。
確認するまでもないが、私の代表する都道府県は――
私は自分の胸に視線を落とした。
〈新さいたま府〉
と記されていた。
とても馴染み深い響き。私の大好きな故郷だ。
改めて周囲を見渡すと、大人数のJKが体育館にたむろしていた。よく見るとその全員が驚く程にかわいい。
「どなたか同盟を組みませんか?」
「私と組みたい人おいでーー!!」
各々、強い仲間を集めようとチームビルディングに必死のようだ。女というのはどうしようもなく群れたがる生き物らしい。
「本当に全国から集まってるんですねぇ」
と、江の島みらいは呟いた。
その通りで、東京都や神奈川県の他にも、その地域を代表するトップJKが日本各地から集められていた。
例えば、名古屋県、大阪県、倭華夜魔県、グンマ国立公園区域、沖縄特別行政区域、エリアSAGA……
などなど、小学生でも知っているよく見慣れた地名がネームプレートに散見された。
この感じだと、おそらく参加者は53名だろう。つまり、我が国の都道府県と主要な行政区域の合計53地域から、代表者のJKが1人ずつ選出されているということだ。
人口の多い地域を代表するJKには注意しなければならない。その分、熾烈な競争を勝ち抜いて代表に選ばれているはずだからだ。
……とまあこのように、己の知識を動員すればある程度は敵や状況を推測することができる。勉強をサボらずにやってきて良かった。
ギャルといえども教養は必要だ。
教養というのは、ギャルを構築する全ての基礎だ。中身がなければそのマニキュアや制服は全て、空虚を繕う着飾りに過ぎないと肝に銘じるべきだ。
――――――
何人かの参加者同士で次々とチームが形成されていった。
私は、神奈川県の江の島みらいと東京都の渋谷アリスとのチームに所属することになった。もっとも、江の島みらいの方は不服そうだったが。
江の島みらいは、私に面と向かってこんなことを言ってきた。
「さいたまって正直……何も無いですよね。
神奈川は歴史ある観光地とか、温泉地とか、火山みたいなパワースポットとか色々ありますよ。
栄えた港や、綺麗な海岸だってあります」
…………こいつ、舐めやがって……!!
明らかな出身地自慢だ。
江の島みらい、この女は今〈さいたま〉のことをコケにしやがった。
先程は見逃してやったが、さすがにもう許容できない。
こいつは必ず、私の手で仕留める。
故郷を侮辱されたことによる煮えたぎるような怒りを一旦抑え、私はこの大会でどう立ち回るべきか、作戦を考えることにした。
今回の大会は、脱落型方式だ。
デスゲーム方式と言っても良いかもしれない。
優勝するには、参加者が脱落していく中で最後の1人になれば良い。
もちろん、一時的に他の参加者とチームを組む可能性はあるが、最終的にライバルを仕留めることに私は躊躇しない。ギャルはそこまで甘くない。
ちなみに、具体的にどのような方法で他の参加者を仕留め、脱落させるかというと……
要は〈恋〉させるのだ。まあ見ていればわかる。
「ねえ、少し探索に行こうよ!」
渋谷アリスは、そのようにチームメイト2人へ提案した。
ここ、戦いの舞台は学校だ。ただし唯一の出入口である校門は閉鎖されている。
ここには50人を超えるJK達が生活するための一連の設備が備わっており、脱落するかリタイアするまで、参加者はこの学校内で暮らすことになるのだ。
「賛成。長期戦になりそうだし、フィールドは知っておきたいからね」
私はそう言って組んだ脚をほどき、座っていた舞台から体育館の床に飛び降りた。
――――――
「アリスさん、二郎系とかって食べたことありません??
私は『食べたいっ!』て彼氏に頼んでこの前連れて行ってもらったんですけど、あんなに山盛りだとは思わなくて、それでどうしても食べきれなくて――――」
「あはは……
私は食べたことないかな。彼氏もいないし」
江の島みらいと渋谷アリスはそんなことを話していた。
にしてもこいつ、江の島みらいは、態度のわかりやすい子だった。私の方には一切見向きもしないのだが、渋谷アリスには身体を寄せ、ベタベタと彼女の腕を触り、頬を赤らめて嬉しそうに会話している。
なんというか、わかりやすい権威に惹かれる子なのだろう。
「――私も食べてみたいな……
男の子と一緒に……」
一方で、東京トップJKはそう呟いていた。
その言葉がどうも、私のギャルセンサーに引っかかった。
その声は今までのような造り物ではなく、〈普通〉に対する心からの憧れ。
……そんな風に、私には感じられた。
探索の効率を上げるため、私達は別行動を取ることにした。
私は一人で3階の教室を漁っていた。
一通り室内を調べ上げたが、特に目ぼしい物はない。そろそろ次の部屋に移ろうかと思ったその時だった。
――――きゃああああああ…………!!!!
下の階に江の島みらいの悲鳴が響いた。
私は反射的に教室の外へ飛び出し、階段のある方へと廊下を走った。
勢いを殺さないように階段の手すりにお尻を乗せ、滑り台を降りるかのように下の階へと向かった。
バッ!と2階の教室の扉を開けると、そこには江の島みらいを床に押し倒して馬乗りになり、ボールペンを首に突き立てる渋谷アリスの姿があった。
「あーあ。
あんたが大きな声出すから、さいたまギャル来ちゃったじゃん。めんどくさ〜〜w」
そう言ったのは渋谷アリスだった。
先程までに比べて、あまりにもその口調やトーンが違うため別人かと疑ってしまったが、確かに彼女のようだった。
渋谷アリスはおもむろに立ち上がった。
「ごめんねギャルちゃん……あなたはここで脱落なのよ……?」
彼女はそう言い放ち、私のもとへ猛スピードで走って向かってきた。
彼女は一瞬横に跳ねたかと思うと、左手を近くの机に突き、それを軸にして私の顔面を長い右脚で思いっきり蹴り上げてきた。
――――なんだこのリーチの長さは?!
彼女の右脚が頬のすぐ近くまで迫った時、私は回避行動が間に合わないと判断し、とっさに防御姿勢を取った。JKとして、顔だけは守らなくてはならない。
が、その蹴りの衝撃は凄まじく、私は宙を舞って飛ばされ、いくつかの机をなぎ倒しながら教室の床へと放り投げられた。
倒れた私の上に渋谷アリスは馬乗りになり、ボールペンを首に突き立てる。
私はそれを押し返して抵抗する。
両者の力は拮抗し、ペンは震えていた。
「さいたまギャルちゃん、残念だねww
あなたはここで終わりなの……ww!!」
…………。
改めて言おう。
私、大宮彩花には夢がある。
――それは、日本で最強のギャルになること。
最強のギャルは、こんな醜い女に決して負けはしない。
だから私は、渋谷アリスにこう言ってやった。
「じゃあ、私はここを出て二郎系でも食べに行くよ」
――――――
「二郎系を食べに行く……?
そ、それってどういうことよ……w?」
渋谷アリスは困惑していた。
「そのままの意味だよ。
アリスさんが男の子と食べたくて食べたくてたまらない二郎系ラーメンを、私は彼氏とイチャつきながら食べに行こうかなって思ってさ」
「うぐぅぅぅ……あああ…………!!!」
結構効いている。
見立て通り、やはりこの辺が渋谷アリスの弱点のようだ。
誰よりも人の心の中を見れるのが、最強のギャルなのだ。
……ちなみに、私に彼氏がいるというのは嘘である。
一瞬の隙を突き、私は彼女のボールペンを払った。
そして片脚を彼女の股の間から引き出し、その脚を彼女の背中から首に引っ掛けて、思いっきり身体を捻った。
「うあぁぁ……!!」
彼女はそのまま倒れ込み、ゴロッと回転するように私は渋谷アリスの上に乗っかった。
彼女の両腕を押さえ、完全に動きを封じた。
「べ、別に二郎系とか恋愛とかどうでもいいし……!
二郎系とか息臭くなるだけだし……!
恋愛だって……SNSでチヤホヤされてる男と絡むだけで満足だし……!」
「強がらなくていいんだよ。渋谷アリスさん。
君だって普通の女の子じゃないか。
隣の席のクラスの男子に、恋してもいいんだよ?」
渋谷アリスは歯を噛み締めて、目を閉じた。
目の端から耳のほうに涙が流れた。鼻をすすって泣いていた。
「私だって……私だって普通に恋愛がしたいよ……。
クラスの――君に『好きです』って告白したかった……けど有名になりすぎたせいでそれができなくて、ずっと辛かった……」
私は優しく頷きながら、彼女の話を聴いた。
「だって、男の子とデートなんてしたら……
二郎系なんて食べに行ったら……
バレてSNSに上げられて炎上するのがわかりきってる……。
そしたらフォロワーもきっと減る……」
涙声の彼女の耳元で、私は優しく囁いた。
「もういいんじゃないかな?SNSとかフォロワーとか……。
アリスの好きなように生きてみなよ。
そういうアリスの方が、きっとかわいいよ」
「かわいい……かな…………?
私でも、かわいくなれるかな……?」
――――なれるよ、きっと。
――――心の全部をさらけ出してる今のあなたの方が、SNSで見るよりもずっとかわいいよ。
そう言って私は彼女の唇にキスをした。
東京都代表・渋谷アリスは私に堕ちた。
優勝候補の彼女は、このゲームから脱落した。
――――――
江の島みらいがこちらにへなへなと走り寄ってきた。
「た、助けてくれてありがとうございます!
あの……さっきは失礼なこと言ってごめんなさい。
彩花さんって……その……
つ、強くて素敵ですね……♡」
ドン!!
「ひぃっ……!!」
〈壁ドン〉というやつをやってみた。
私は江の島みらいを助けたわけではない。
こいつは私自身の手で仕留めたいから、渋谷アリスに堕とされる前に、急いでそれを阻止しただけだ。
江の島みらいは壁ドンされただけで、どうしてか若干、もう堕ちかけていた。
女の顔で手足を震わせながら、なぜか知らんが赤面しているのだ。
私はこの女の胸ぐらを掴んだ。
「あ……!!
ちょ、そんな強引な……♡
んんん……♡♡♡」
こいつの癖なのだろうか。
強い者から強引に迫られた途端、明らかに反応が女のそれになった。
私はようやく、こいつが神奈川県トップJKである理由がわかった。
要は、清楚系むっつりスケベなのだ。
顔・胸・太もも・性癖、男のテンションを掻き立て、喜ばせることに関しては満点だった。
こいつの彼氏が羨ましい。
「――わ、私って空っぽなんです……。
だから……んぐっ……
強い人に求められないと、自分の価値がわからなくてぇ……」
こいつもこいつで、かなり弱点を拗らせているようだ。
しかし私は、この極上の変態マゾJKに容赦するつもりはさらさらない。
「お前、さっき……
さいたまには何も無いと言ったな」
「ご、ごめんなさい……♡
あぅ……♡」
――――教えてやる。
――――さいたまにはな……最強のギャルと最強の〈百合〉があるんだよ。
「ふぇ……?ゆ、百合……?」
彼女は声を絞り出した。
――――堪能させてやるよ。さいたまの百合をお前にも。
あ……ちょ……!!待って……!!
キスは……!彼氏に怒られちゃ――――
んんんーーーー……!!?!♡♡♡
彼女は唇を奪われると同時に目を見開いた。
腰をカクつかせ、その後動かなくなった。
舐められたら徹底的にやり返すのが、〈さいたまギャル〉のやり方なのだ。
神奈川県代表・江の島みらいは私に堕ちた。
彼女はこのゲームから脱落した。
このゲームで参加者を脱落させる唯一の方法。
それは、キスで相手を気持ち良くさせることだ。
解放されたような笑顔でぐっすりと眠っている東京トップJKと、白目を剥いて倒れている神奈川トップJKを前にして、私はつい言葉が溢れてしまった。
「あなた達、かわいいよ……
さっきよりもすごく……」
私は、まだ2人の女の子の味が残っている自分の唇をペロッと舐めた。
――――もう戻れないよね。私に堕とされちゃったらさ……♡
〔都道府県対抗・トップJKグランプリ〕
この大会で優勝して……
最強の百合JKに、私はなる!!




