第七十四話:放蕩王子と、不遜な家庭教師
アカデミーの前期試験が近づき、校内は独特の緊張感に包まれていた。
貴族の子弟にとって、留年は一族の泥を塗るに等しい大醜態。必死に机に向かう生徒たちを尻目に、カイトの徹底指導を受けたクラリスは学年首位、ニーナが二位と、メスチノ家とその近親者が上位を独占していた。
そんな折、カイトの元に一通の重厚な親書が届く。
『情けないことに、我が長男、エドワードが留年の危機にある。カイトよ、不躾ながら追試までの家庭教師を頼めないだろうか。手段は問わん、合格させて欲しいのだ』
(国王が一介の従者に言うことではないだろう……)
カイトは深く溜息をついた。
領の部屋に戻ったカイト。
「……王からの依頼を断れるはずもなく、まあ、頑張ってみるしかないですね」
「カイトも大変ね。でも、あのエドワード王子を更生させるなんて、呪詛師を倒すより難しくてよ?」
クラリスは同情半分、呆れ半分で彼を見送った。
二年生寮の最奥、王子の私室。廊下まで漏れ聞こえる嬌声に、カイトは眉をひそめる。
「あはははは! 教師どもなど、私が一言言えば成績などいくらでも書き換えるのだ!」
金髪碧眼の少年、エドワードは半裸で酒を手にし、周囲の女性たちを従えていた。
カイトはノックもせず、音もなく扉を開ける。
「ふむ……別のところが暴れん坊らしい。その歳から落とし種を増産せんでもいいでしょうに」
ヤレヤレと手をあげながらエドワードに声をかける。
「……! 誰だ、君は。礼儀を知らんのか」
「ああ、俺はただの従者。あんたの成績が悪いせいで、王様直々の依頼を受けた。その結果、婚約者とのんびりする時間を削られた被害者だよ」
不機嫌さを面に出したままバンと王からの手紙を投げつける。
エドワード手を振って女性たちを下がらせた王子。カイトの威圧感に毒気を抜かれ手紙を見る。
その顔には動揺が顔に出ていた。
カイトは机の上の資料を数秒で検分し、
「うわ……こいつ、バカだ」
ストレートに吐き捨てる。
「なんだその言い草は! 私は王子だぞ!」
「だってこれ、一年生で学ぶ基礎中の基礎だぞ? よく二年生に上がれたな」
「ふふ……女教師を少しばかり『可愛がって』な……」
エドワードは自嘲気味に笑う。
「王家に生まれたから王子なだけだ。民の模範になれ! 俺は親を知らず、這い上がるために必死で働いた。頼ったのは血筋じゃない、身につけた知識と力だ。やりたいこともなく女を囲うのが、あんたの望みか? 知識は役に立つ。俺は、こうしてお前に説教できる程度には、役立てている」
王子はしばし沈黙するしかなかった。
数日間の過酷な指導の末、エドワードは目覚ましい吸収力を見せる。
「……やればできるのに、なぜやらない?」
エドワードを見るカイト。
「やる気が起こらなかっただけだ」
椅子にもたれて大の字になるエドワード。
「『やればできる子』は、一生やらないまま終わる奴の言い訳。不細工だよ、王子」
「……相変わらず辛辣だな」
そして追試前日、カイトはペンを置く。
「仕事は終わりだ。あとはあんた次第」
エドワードはカイトを見ると、
「……一応、感謝しておく。君のような不遜な男は初めてだが、退屈だけはしなかった」
頭を下げた。
「今更だな。さっさと合格して、俺を解放してほしい」
そう言うと部屋を出て行くカイト。
寮の部屋に戻ると、クラリスが待ち構えていた。
「終わったの?」
「終わりました。……王子は女たらしで、昼間から女を抱いてるような奴でしたよ」
クラリスはゴミを見るような目で軽蔑する。カイトは少し愉快になる。
「あいつ、頭はいいから、そのうち化けるかもしれません。……少し羨ましかったから、わざと呼び捨てにして煽ってやりました。不遜だって怒られましたけど」
「羨ましい……って、女を抱くことですの!?」
クラリスが鋭く詰め寄ると、カイトはクラリスの肩に手を置き、真っ直ぐに見つめる。
「抱きたいのはクラリスだけです。……ああ、ちょっとルーヴも、かな」
「……っ! そこは私だけって言って欲しいですわ! まあ、ルーヴなら……もふもふですから許せますけど……」
傍らでルーヴの銀色の尻尾が、嬉しそうに床を叩く。
「とりあえず、俺の臨時の仕事は終わりです。ルーヴ、食事にしましょう」
「はい、カイト様! 腕によりをかけました!」
クラリスが顔を赤らめながら「私を一番に言いなさい!」と追いかけてくる、いつもの騒がしくも温かい時間。
それこそが、カイトにとっての「本当の報酬」であった。




