第八話:ブランドの確立と、信頼の対価
カイトは「探し物専門」の冒険者として、本格的に動き始めた。
ギルドの掲示板で長らく埃をかぶっていた、いわゆる「吹き溜まり」の依頼。それらを彼は、一つ、また一つと確実に片付けていった。
(銀貨一枚が、体感的には福沢さん一枚……一万円ってところか)
空き時間、懐の硬貨を指先で転がしながら、カイトは静かに算盤を弾く。
(大銀貨が十万、金貨が百万。大金貨で一千万、白金貨なら一億……まあ、俺基準だが妥当だろう。
探し物の報酬が銀貨三枚。三万円。……今さらだが、初日に十三万稼いでたのか。そりゃミランダさんも驚く)
だが、その“好景気”は長くは続かなかった。
ある日、掲示板から探し物の依頼が――完全に消えた。
「あれ? 探し物、一枚もありませんけど……」
「誰かさんが、儲かるって証明しちゃったからよ」
カウンターで、ミランダが不機嫌そうにカイトを睨む。
「……俺のせいですか」
「そう。銀貨三枚は下級冒険者には破格だもの。みんな飛びついたわ。でもね……」
彼女は遠くを見るように息を吐いた。
「簡単に見つかるはずもないのに、欲に目が眩んで家中を荒らして回る連中が続出。『家具を壊された』『床に傷をつけられた』ってクレームが山積みよ。
誰にでもできる仕事じゃないって、言ったはずなんだけど」
「……なるほど」
市場が荒れた。
成功者が現れた途端、無理解な模倣が群がる――前世でも何度も見た光景だ。
(今日は骨休めにするか)
カイトは掲示板から目を離し、街へ出た。
「あら? あなた、カイト君じゃない」
振り返ると、数日前に指輪を探した老婦人――マリアが、両手いっぱいに荷物を抱えて立っていた。
「持ちましょうか」
「まあ、助かるわ。ありがとう」
並んで歩きながら、カイトは今の状況を簡潔に話した。
「探し物の依頼が無くなりまして。冒険者が増えすぎて、トラブルも出ているようで……」
マリアは歩みを止め、静かに首を振った。
「それはね、カイト君。あなたが悪いのよ」
「……僕が?」
「そう。あなたが“自分の名前”を売っていないから。
『ギルドの冒険者なら誰でも探し物が得意』って、勘違いさせてしまっているの」
その言葉に、カイトは腑に落ちた。
(看板のない店と同じ、か)
「私はあなたを信頼しているから、指名依頼を出すわ。
多少手数料が高くても、確実で、家を壊さない人を選びたいもの」
マリアは柔らかく微笑んだ。
「指名は、あなたの実績になる。仕事も選べる。
……ただし、その信用に応え続けなければならないけれど」
「……はい」
「近所にも言っておくわ。『探し物ならカイトという子を指名しなさい』って」
それは、何より価値のある“紹介”だった。
帰り際、礼金を出そうとするマリアを、カイトは制した。
「今日は、勉強代をいただきました。それで十分です」
「……そういうところが、信用できるのよ」
翌日。
ギルドでは、掲示板ではなく、ミランダが直接声をかけてきた。
「カイト、指名依頼よ」
「掲示板には貼らないんですね」
「指名だもの。目立たせる必要はないでしょ?」
カイトは頷いた。
(徹底しよう。プロとしての“見せ方”を)
前世で培った感覚が、自然と頭を整理していく。
(清潔な服を数着。靴も替える。毎日、必ず風呂。
人様の家に上がるなら、清潔感は最強の武器だ。
コックロは絶対に見せない。リーダーは、あの青い服でマスコット役……)
「探し物のご用命は、冒険者カイトに」
依頼達成のたび、そう名乗り、頭を下げる。
かつて患者の身体に触れ、信頼を積み重ねてきたその手で、今度は異世界の信用を掴み取る。
数週間後。
カイトは「探し物のスペシャリスト」として名を知られる存在になっていた。
もはや彼は、掲示板を見ることはない。
毎朝、真っ直ぐに向かうのは――ミランダの待つ、あのカウンターだけだった。
読んでいただきありがとうございます。




