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第七十一話:母の暴露と、心解く「雁の味」

 侯爵邸のサロンは、もはや誰も止められない熱気に包まれていた。

 そこに加わったのは、「夕焼けの雁亭」の名物女将、ベルタである。

「……あの子がしっかり者? はっはっは! カイトの今の澄まし顔からは想像つかないだろうけど、子供の頃はそりゃあ酷かったんだよ」

 ベルタが身を乗り出した瞬間、カイトの背筋に氷水のような戦慄が走る。

 クラリス、マリー、そして治療を終えた王太后までもが、好奇心に目を輝かせて身を乗り出していた。

「母さん、それ以上は……過ぎたことだ。わざわざ掘り返す必要はないだろう?」

「何言ってるんだい。あんな可愛い話、皆さんに聞かせなきゃ損だよ。あれはカイトが七つの時だったかねぇ……」

「……っ!!」

 カイトは反射的にベルタの口を塞ごうと手を伸ばすが、ベルタはひらりと躱し、さらに続ける。

「火加減の練習に夢中になりすぎて、自分の前髪をチリチリに焦がしちまってね。泣きべそかきながら『僕はもう魔法使いにはなれない……』って三日三晩アタイの膝で寝込んでたんだよ。あ、そうそう! その後、近所の犬に追いかけられて木の上に逃げたけど、降りられなくて一晩中……」

「あああああ! 母さん! 黙れ、もういい!」

 天下の「無双の従者」カイトが、顔を真っ赤にして狼狽する姿に、サロンは大爆笑。

「……ふふっ、カイトにもそんな可愛い時期があったのね! 前髪チリチリなんて……今度ぜひ詳しく見せてください!」

 クラリスは腹を抱えて笑い、カイトは人生最大の敗北感に打ちひしがれながら、深く顔を覆った。


 その後、ベルタは「笑わせたお詫びだよ」と立ち上がり、侯爵邸の厨房へ向かう。

 カイトやボナールが作る洗練されたお菓子とは異なる、力強くも温かい、夕焼けの雁亭名物『地鶏と根菜のじっくり煮込み』がテーブルに並ぶ。

「さあ、召し上がれ。王室の味には敵わないけど、腹の底から温まるよ」

 王太后は黄金の匙で一口運び、その動きを止めた。

「……これは。……懐かしいわ」

 瞳に、少しだけ潤みが宿る。

「洗練されたスパイスや魔導具の熱ではない……。火と野菜の旨み、そして『食べさせたい』という心が溶け込んでいる。王宮の料理師たちが忘れた、食事の原点の味ね」

 マリーもオズワルドも、我を忘れて庶民の味を堪能する。

「ベルタ、貴女、これも王宮に教えてくれるかしら? 毎日贅沢なものばかりの陛下アルフレッドにも、この『心』を食べさせたいの」

「はっはっは! レシピなんて大層なもんじゃないけど、良ければいくらでも教えるよ。ただし、王宮の綺麗な炭じゃなくて、ちょっと煤けた薪の香りが必要だけどねぇ」

「国の母」が再びレシピを熱望し、ボナールはメモ帳を握りしめて震えた。

 カイトは、前髪の話を思い出してため息をつきつつも、ベルタの料理を幸せそうに食べるクラリスを見て、ようやく毒気が抜けたように微笑む。

「……まあ、母さんが来てくれて良かったのかもしれませんね」

「何か言いました、カイト?」

「いいえ。お代わりを持ってきましょうか、お嬢様?」

 こうして、グランヴィル侯爵邸はまた一つ、王都で最も「騒がしく、そして温かい場所」としての伝説を更新するのだった。


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