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第七十話:二人の母と、揺れるお嬢様

 カイトが呆然と立ち尽くす中、侯爵邸のサロンはさらなる激震に見舞われた。

 予定よりも早く、例の「週に一度の治療」のために王太后が到着したのである。

「あら、オズワルド。今日は一段と賑やか……えっ?」

 王族の威光を纏った王太后が部屋に入ると、そこにはマリーと、見慣れない庶民の女性——ベルタが高級ソファで膝を突き合わせ、笑い合っていた。


 一瞬の静寂。オズワルドが慌てて紹介しようとするが、ベルタは物怖じせず立ち上がった。

「こりゃ驚いた。あんたがこの国の王太后様かい? 噂通りの美しさだね。アタイはベルタ。カイトを育てた母親代わりさ」

「……カイトの、育ての母?」

 王太后の目が驚きに細められる。

 無礼とも取れる態度だが、王太后はベルタの節くれだった手のひらと、その裏表のない真っ直ぐな瞳を見て、ふっと微笑んだ。

「そう、貴女が……。道理でカイトがあれほど逞しく育つわけだわ。私はリスタニアの母、貴女はカイトの母。立場は違えど、守るべきものを持つ者同士、気が合いそうね」

「国の母」と「庶民の母」が、カイトという共通の話題を介して握手を交わす。

 横で見守るカイトは心の中で天を仰いだ。

(これ以上、自分の領域に強烈な女性を増やさないでほしい……)


 王太后が治療室へ向かった後、ベルタの矛先はカイトの隣で固まっているクラリスに向いた。

「さて、お嬢様。カイトの手紙によく出てくる『クラリス様』ってのは、あんたのことだね?」

「は、はい! メスチノ家の長女、クラリスですわ!」

 ベルタは腕を組み、クラリスを頭の先から足の先まで鋭く見極める。

 クラリスは王族の前でさえ見せないほど緊張して背筋を伸ばした。

「ふむ……。肌は綺麗だし、筋も悪くない。だけど、カイトの嫁になるなら、あいつの『規格外』なところに振り回されない根性が必要だよ?

 あんた、突然『明日から隣国を救いに行く』なんて言われても、笑って送り出せるかい?」

「えっ、そ、それは……! でも私だって、カイトの隣に立つために日々努力しておりますわ!」

 クラリスは顔を真っ赤にしつつも、凛として言い返す。

「へぇ、言うじゃないか」

 ベルタはニヤリと笑い、クラリスの肩をポンと叩いた。

「まあ、カイトがあんなに過保護になるくらいだ。相当いい女なんだろうよ。……ねえ、カイト? さっき『一番可愛い』なんて言って、この子を口説いてたんだって?」

「母さん! それは……!」

 流石のカイトも、マリーから筒抜けだったらしく顔を伏せた。

「ふふん! カイトは私を、世界一可愛いと言ってくださいましたわ!」

 ベルタにいじられたはずのクラリスが、急に強気になり胸を張る。

「ははは! そりゃあいい。マリー様、このお嬢様、面白いねぇ! 合格だよ!」

 ベルタの豪快な笑い声が響き、クラリスは恥ずかしさと嬉しさで顔を仰ぐ。そしてカイトは冷めた紅茶を一口飲むのだった。


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